松沢呉一のビバノン・ライフ

男の方が圧倒的に自殺が多い現実を無視する人たちには女の自殺率の増加を正しく説明できない—サイレント・エピデミック[4]-(松沢呉一)

投票・銭湯・マスク・相談・自殺—サイレント・エピデミック[3]」の続きです。

 

 

ほとんどの国で男性の方が自殺する率が高い

 

vivanon_sentence

やっと自殺の話ですけど、まず確認。ケースバイケースではあれ、私は「自殺率が高いのは不幸な国」みたいな考え方はくだらないと思っています。国の良し悪しや国民の幸福度はそれだけで決定されるものではありませんし、場合によっては幸福を追及するがゆえに自殺が増加することもあり得ます。

たとえばアフリカ諸国はおおむね自殺率が低い。南アフリカは10万人当たりで日本の10分の1以下です。幸福かどうかを他者が決定することはできないとして、犯罪率が高く、失業率も高い南アよりも、私は日本の方が住みやすい国だと思います(アフリカ諸国はなぜ自殺率が低いのかについては改めてやります)。南アの人々には申しわけないけれど。

それでも自殺を減らせるものなら減らした方がいいことは言うまでもないのですが、よその国の数値と比べて多かろうと少なかろうと減らす対策をとればよくて、そのためには自殺について冷静にデータを見ながらその背景や原因について見極める必要があります。

自殺について熟考する際に浮上する大きな疑問として、「どうして男性の方が自殺が多いのか」があります。世界平均で男性の方が1.8倍程度自殺しており、日本もその平均に近い。先進国ではこの差がさらに開く傾向がありますが、国によるばらつきが大きいので、ヨーロッパでも日本より差が少ない国はあります。

いずれにしても男性の自殺率はあからさまに女性より高いのですが、なぜか男性の自殺は着目されにくく、私自身、「おかしくね?」と感じていたことはここまで書いてきた通りです。「男を守れ」なんて言いたいのではなく、ここに検討すべきテーマがあると考えた時に、「自殺の実相を知ろうとしていないのでは?」との疑問が生じます。

これは日本だけ、今だけの現象ではなくて、広く見られることらしく、これをサイレント・エピデミック(silent epidemic)と呼んでいる研究者たちもいます。公衆衛生上、着目されにくいものをこう呼んでいて、そう呼ばれる疾患や現象はさまざまあるのですが、女性の自殺に比して無視されがちな男性の自殺もこう呼ばれます。

なぜか数が圧倒的に少ない女性の自殺は痛ましいものとして扱われ、数の多い男性の自殺は当たり前のこととして無視される。「女子供は大切に」ってことだと思います。

この気持ちはわかります。私の中にも確実にあります。80歳の老人が車に轢かれて亡くなるよりも、小学生が轢かれて亡くなることの方が痛ましい。その時に男児より女児の方がさらに痛ましく感じる。

こういう感情は否定できないとしても、事実について語る際には、その感情をいったん横に置くべきです。

※「社会実情データ図録」より「世界各国の男女別自殺率」 男性の偏りが大きいため、数字の取り方が男女で違っていますが、男女同一線を見ればいかに男性が多く自殺しているのか一目瞭然です。これを見て「えっ?」と思ったのは中国です。これについてはのちのちやります。

 

 

なぜ男性の自殺率が高いことを無視するのか

 

vivanon_sentence

日本における昨年の自殺率について語る際に、増大した女性と若年層をクローズアップするのはいいとして、「女の自殺が増えているのは、男女格差のせいだ」って言いたがる人たちはしばらく黙っていた方がいいと進言いたします。

こういう人たちは男性の自殺率の方がずっと多いことを直視しないわけですが、自殺は男女格差によるものだとしてしまうと、恒常的に男女の格差は男性の方にはるかに重くのしかかっていて、女性の負担は軽い方向でなされていることになってしまいます。

コロナ禍によってその差がわずかに縮まっただけで、より大きな重圧は今なお男性に偏りがあり、仮に男女別に自殺対策をとるなら、男性に力を入れなければならないはずです。あえて男女別に対策をとる必要はないと思いますけどね。

そうなると困るので、そこは直視しない姿勢には呆れます。殺人事件被害の総数を無視して、女性の数字だけを取り上げて騒ぐメキシコのフェミニストたちと同じです。おまえら、数字を見ながら考えるのが苦手か。

 

 

next_vivanon

(残り 1787文字/全文: 3551文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ