女の著名人より男の著名人を姓や名前だけで呼ぶ傾向—男の名前・女の名前[付録編6]-(松沢呉一)
「女の作家が男の名前で作品を発表した歴史を修正する試みとその批判—男の名前・女の名前[付録編5]」の続きです。
姓だけで呼ばれる著名人は男が多いという研究
名前についての記事を片っ端から読んでいるうちに見つけた、コーネル大学の研究者による論文の紹介文「When last comes first: the gender bias of names」を読んで、「ありそう」と思いました。
男の著名人と女の著名人の名前を出す際に、男の著名人の方が姓だけを出す傾向が強いという研究です。ここではとくに研究者の名前ですが、著名人一般に言えることです。
ありそうどころか、確実に私もこの傾向があって、時に悩みます。これについては私なりの判断や規則があって、一度まとめたいと思っていたので、この機会にやっておくことにしました。しばらくこの論文から離れて、私自身がどうしているのかという話が続きます。
日本でも、たとえば芥川龍之介は「芥川」、太宰治は「太宰」、三島由紀夫は「三島」と略されますが、与謝野晶子は「与謝野」、林芙美子は「林」、樋口一葉は「樋口」にはならない。略す人もいるかもしれないけれど、一般的ではない。
私も略すことはありますが、以下に書いているような法則以外で、こういう略し方を口頭ではあまりしません。その人のことを姓だけで語れる自分のアピールみたいなものが感じられるためです。現に精通している人がそう略すのはいいとして、私はそこまでその対象を知っているわけではないのに、そういう言い方をするのは不遜です。佐藤という知り合いについて語る時は「佐藤」だけにすることがありますが、それと同じようには大作家のことを知らないです。
また、こういう言い方を好んでする人と話している時に、「誰それ?」と思うことがあります。実際に誰のことだったか覚えてないですが、「村上」と言われても、村上春樹か村上龍か村上隆か村上純(お笑いコンビ「しずる」のボケ担当)か判断ができず、「村上って誰?」と聞くことになります。聞ければいいとして、聞くタイミングがなく、村上春樹の話を村上純の話だと勘違いして持ち帰るのはまずい。それを避けるためにもフルネームで言うようにしてます。
外国人の名前省略
それでも私が姓だけにする例がいくつかあります。まずは外国人です。
上にリンクした記事が例に出しているように、私もチャールズ・ダーウィンは「ダーウィン」です。アイザック・ニュートンもトーマス・エジソンもエイブラハム・リンカーンも姓だけ。
とくに下に肩書きがつく場合はほとんど姓だけです。トランプ、バイデン、メルケル、ジョンソン、プーチン、ルカシェンコ、ネタニヤフ、エルドアンなど。大統領や首相という肩書きをつける人は、つけない時でも姓だけになります。
いくつか例外があって、インドネシアのジョコ・ウィドドはフルネーム。インドネシアではしばしばジョコウィと略されています。
習近平もフルネーム。敬意を払っているわけではもちろんない。毛沢東も周恩来も江沢民も。中国人は、大半の姓は漢字一文字で、他とかぶることが多いためでしょうか。
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