松沢呉一のビバノン・ライフ

死後世に出た「ナチス問題を解く鍵となる本」—セバスチャン・ハフナー著『ナチスとのわが闘争』[1]-(松沢呉一)

 

 

「ナチスとのわが闘争」は2年半

 

vivanon_sentenceナチス・シリーズを始めたのは2018年12月です。それから2年半にもなります。気づいてみたら、「ビバノン・ライフ」はナチス専門ウェブマガジンに(笑)。ナチス・シリーズの1回目に書いたように、やるとなったら長くなることは最初から予想がついていたのではありますが、こうなったのは需要の決定でもあります。

とくにコロナバブル以降は、アクセスが急増したものの、エロかコロナにからめる以外は読む人がおらず、あとは空振りの連続でした。そんな中、安定して読まれていたシリーズものはナチスだけ(脇毛もですが、ネタが尽きました)。しかも、ナチス・シリーズは息が長くて、1年後でもアクセスが続きます(続かないものもありますが)。

今もコロナ関係の需要はあるのでしょうが、いくらやっても虚しいので、ここから離脱した時に残ったのがナチス・シリーズでありました。

この2年半でいっぱいナチス関連のものを読んだわけですが、もっとも推奨するのは英語版・独語版のWikipediaです。ナチスはWikipedia読書に最適で、延々と読んでいられますし、英独版については間違いもほとんど見当たらない。

しかし、パソコンが壊れて、これもしばらくは読んでませんでした。

本になっているものでオススメはセバスチャン・ハフナー著『ナチスとのわが闘争——あるドイツ人の回想1914-1933』です。この読書週間に読んだものです。つい先々週。

著者のセバスチャン・ハフナーは1907年にドイツで生まれ、ユダヤ人でもなく、左翼でもなく、同性愛者でもなく、ナチスに目をつけられていたわけでもないのにナチスを嫌い、弁護士になりながら1938年にドイツから脱出してイギリスに移住。

その地でジャーナリスト、小説家、ドイツの歴史家として執筆。本名はライムント・プレツェル(Raimund Pretzel)ですが、ドイツにいる家族に迷惑がかからないようにセバスチャン・ハフナーというペンネームを使用し、以降、この名前を生涯使用。

1954年にドイツに帰国。邦訳も多数出ています。

1999年死去。

 

 

本書が世に出るまで60年

 

vivanon_sentence本書は1939年に移住した英国で書かれたもので、彼の地で出版が決まっていたのですが、戦争が始まったために、個人史ではないドイツやナチスに関する論考を出すことになって、この本は未完のまま後回しになってしまいます。

結局、戦争を経て、話はなかったことになったようで、戦後、この一部を雑誌に掲載したのみで、まとまった形では出版されませんでした。戦争のあとしばらくはアウシュヴィッツを筆頭とした「ホロコーストもの」が求められて、本書のように強制収容所の実態を記述するものではない記録は求められなかったのだろうと思います。

この上なく重要な内容だし、読み物としても面白いのですけど、目の前では人は誰も死なず、最終的解決が始まるうんと前で終わりますから、戦後すぐの残酷博覧会中に出版したところで見向きもされなかったでしょう。出版社が出そうとしなかったのはやむを得ない。需要の決定です。

著者は晩年若い頃に書いたものを葬りたかったようでもあります。そういった抵抗感がまったくない人もいるでしょうけど、他人がどう思おうと、「数十年前に書いたものより、昨日書いたものを読んでくれ」と思う気持ちは重々わかります。

そのため、死ぬまで本にはならず、死後、息子のオリヴァー・プリッツェルが他の原稿を探している時にこの原稿を発見、2000年に未完のままドイツで出版され、ベストセラーになります。

その後、さらに発見された原稿を加えてペーパーバック版が出されているのですが、未完であることには変わりなく、話は1933年で終わっています。

 

 

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