松沢呉一のビバノン・ライフ

平塚らいてうはなぜそこまで新真婦人会を嫌ったのか—女言葉の一世紀[161]-(松沢呉一)

平民社出身の「新しい女」西川文子—女言葉の一世紀[160]」の続きです。

 

 

平塚らいてうのキッツい新真婦人会評

 

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平塚らいてうは、西川文子について、「中で一番利巧者らしかった、あの何処までも常識的で、どんな事に対しても一通の理解はもってるといったやうな、そうしてどこか苦労人らしく人をそらさぬ如才なさの見える西川氏」と評しつつ(これにしても決して褒め言葉ではないでしょうが)、また、その内容についても、「大多数の婦人はまだまだ伝習の深い眠りの中にゐるのだから、無智な社会や低級な一般婦人のためにこんな通俗的な卑近な意味での婦人問題を噛んで含めてやるといふことは、そしてそれらを次第に導いてやるといふことは一方では誠に必要なひして有益なことであろう」と肯定的にとらえつつも、平塚らいてうとしてはほとんどそこに見るべき物はないと感じています。

以下も「西川文子の『婦人解放論』を評す」から。

 

在来の利他的道徳の無反省な肯定の上に立って、「女も一家を治め、子女を教育してなほ余力あらば、出でて人の為め、社会のため活動するのは決して悪いことではない」といったやうな習俗的な、呑気な、おめでたい考へ以上何の根底も自己の中にないとすれば、甚だ心細く思はれる。

(略)だから「婦人解放論」一巻に現れた氏の意見は全く非個性的な、只々時代に適合するやうにとの御都合上で気昂った広くして浅い一般的の常識論である。もしここに「婦人解放論」を婦人解放論なりとして手にする読者があるならば恐らくその人は必ず失望するであらう。だがもし「流行におくれない婦人たらむと希ふものあらば御読みになるがいい、必ずや何か利する処があるに相違ない。実にこの書の意味は「流行におくれない婦人を造る」ということに尽きる。

 

 

これに限らずのことですが、平塚らいてう、キッついです。

自分は結婚制度についての疑義もあって、一緒に住むとしても籍は入れないといった矜持があったのに、西川文子はその矜持を踏みにじる存在に思えたのではなかろうか。

平塚らいてうや伊藤野枝にはなれない圧倒的多数の女たちとしては、「青鞜」を支持することまではできない。しかし、結婚はそのままにして、本を読んで教養を身につけることくらいはできるわけで、そこで留まりたい人たちにとっては、「新真婦人」を支持することで、流行には遅れないで済むわけです。

「青鞜」より「新真婦人」の方がずっと長く続いたのは、そちらのマーケットの方が大きかったことを意味しましょう。もちろん、西川文子に経営者、編集者としての手腕もあったにせよ。

 

 

西川文子の手法も酷評

 

vivanon_sentence平塚らいてうの新真婦人会批判は首肯できる部分もあるのですが、「ここまで言わずとも」といった感もあります。

たとえばここ。

 

 

次にいふべきことは氏の何処までも実際的でありたい、事実の上に立って論じたいと心懸けてゐられるあの態度である。それは私も結構なことだと思ふ。けれど氏にはまだ事物の真相を根本的に見やうとする努力さへ見えない。だから氏が好んで用ゐる幾多の例証を挙げての説明法——、歴史的事実の観察、御自身の小さな経験や狭隘な見聞範囲内に起った卑近な出来事の観察も皆極めて表面的な又は外部的なことばかりなのに、この所謂事実を唯一の根拠として何の疑う処もなくすぐ結論を下して行くのだから一見実際的のやうで実は随分あてにならない。時には驚くべき粗笨(まつ)な又空想的なものになってゐる。(常識的に一寸見るとさう理屈にあはぬ処もないらしから通用するやうなものの)かういふ点に氏の無智と浅薄が可成りに曝露されてゐる。

 

平塚らいてうは西川文子の文章をしっかり読み込んでます。私も読み込んでますから、これが何を指しているのかよくわかります。

これはとくに道徳派の人々に顕著な特徴です。個人の体験をすぐに全体につなげます。「私はこんな経験をした。だから〜」となります。これはまだ実体験だからいいとして、「知人がこんなことを言っていた。だから〜」になる。場合によっては「知人が家族からこんな話を聞いた。だから〜」と展開する。伝聞で知ったひとつの例が、事実か否かの検討を経ず、データに照らし合わせることもないまま、普遍的な根拠だと思い込む。

こういう手法はたいていの場合、具体性がなく、「知人て誰だよ」「どこの話だよ」と突っ込みたくなります。おそらく脚色や虚偽が混じっていると思います。この発展形が「欧米では〜」の脳内欧米論法です。

山田わかもこの手法をよく使っていたように思います。

 

 

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