松沢呉一のビバノン・ライフ

飲食テロをどこまでどう裁くべきか[下]—懲戒の基準[50]-(松沢呉一)

飲食テロをどこまでどう裁くべきか[上]—懲戒の基準[49]」の続きです。

 

 

 

善意だからいい、正義だからいいってもんではない

 

vivanon_sentence「昔から悪ふざけするのはいて、インターネットのために表面化しやすくなっただけ」という意見もありますが、いくら何でもこんなに多くはなかったでしょう。自己承認欲求を満たすツールが出てきたことによって、悪ふざけが起きやすくなっています。この自己承認欲求は、行為者と投稿者だけでなく、批判する側にも大きく影響していそうです。

行為の意味は違うのだけれど、「こいつは許せねえ」として拡散した人たちが騒動を大きくしたと言えますし、文字で伝えればいい事なのに、わざわざ動画を拡散したのは、その方が多くの人がアクセスすることが期待できるからだし、YouTubeであれば収入が増えるからです。テレビであれば視聴率が稼げるからです

今回のことときれいに重なるわけではないですが、「話題になること自体が連鎖を生む現象」については新型コロナ流行の初期に起きたトイレットペーパーの買い占め騒動が参考になりましょう。一般には「「トイレットペーパーは中国産が多いため、新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」という情報によって買い占めが起きたと思われていましたが、実際には「その情報はデマだ」という情報の方が広く拡散されて、それがトイレットペーパー買い占めの主たる原因だったのだと思われます。

総務省のサイトにもこう書かれています。

 

令和2年版情報通信白書で述べたとおり、日本経済新聞等の分析によると、このトイレットペーパー買い占め騒動の発端とされた投稿はSNSでの投稿であったが、その投稿自体は全く拡散しておらず、ニュースサイトやTV番組で取り上げられ始めた結果、偽情報に関する投稿が急速に広まったとされる。

 

「トイレットペーパー不足が起きるのはデマなので信じるな」という、いわば善意の情報であってっても、その情報に触れた人は「そうは言ってもトイレットペーパー不足が起きるかもしれない」と深読みをしたり、デマであるかどうかはどうでもよく、「そういえばそろそろトイレットペーパーがなくなりそうだ」と気づくきっかけになったりして、トイレットペーパーを買うのが出てきます。

そんな人は千人に一人だとしても、トイレットペーパーはかさばる分、在庫を大量には抱えられないため、瞬時に店頭から消えて、消えた状態を見た人が他の店に走り、SNSで騒ぐという連鎖が起きます。

この場合、もともとの情報に間違いはあったにしても、強く非難すべき内容だったとは言えず、むしろ買い占め騒ぎを起こしたのは「デマだ」と拡散させた方であり、そのことを報道したメディアだったりします。人を叩く情報の方が広がりやすいってことでしょうが、全員が主観的には善意であることがミソです。

その点が一連の飲食テロとは違うわけですが、善意で拡散した人たちも、騒動に加担している、あるいは騒動を作り出しているという点では同じ。これによる抑止力も少しはありますし、騒動が大きくなることによって、被害を受けた企業も動きやすくなる点もありますから、「やってはいけないこと」とは私は認識してませんが、「自分は絶対的な正義である」とは思い上がらない方がいいかと思います。

✳︎総務省・令和3年版「情報通信白書」より。「トイレットペーパーは中国産が多いため、新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」という情報を知ったのは、それをデマだとして報道したメディアだったことがはっきりと出た調査結果

 

 

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