松沢呉一のビバノン・ライフ

契約書を無視する版元が存在する現実—「小悪魔教師サイコ」をめぐるトラブル[後編]-(松沢呉一)

同じ原作の漫画が同時に連載される怪—「小悪魔教師サイコ」をめぐるトラブル[前編]」の続きです。

 

 

原作つきの漫画が連載されている最中に、別の漫画家による同内容の漫画の連載が始まることなんてある?

 

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前回合田蛍冬さんは、契約書に反して別の漫画家が翻案することを許諾した原作者(三石メガネ)や、原作と高野「小悪魔教師サイコ」を販売しているtaskeyを訴えず、ぶんか社だけを訴えた事情を契約から確認しました。他にも理由は考えられますが、合理的な選択だと思います。

いくつか補足しておきますが、改めて契約がどこに存在しているかを出しておきます。

 

契約1)小説「小悪魔教師サイコ」の作者・三石メガネ◉taskey

契約2)三石メガネあるいはtaskey◉合田蛍冬あるいはぶんか社

契約3)合田蛍冬◉ぶんか社

契約4)高野◉taskey

この4つの関係で契約が交わされたわけですが、契約書があっても、運用はアバウトにしていることもあります。「契約1」に基づいてtaskeyと三石メガネさんを提訴しても、「出版業界の慣習として、三石メガネさんとtaskeyで協議して、taskeyでも漫画にすることに同意した」とかなんとか言ってきそうです。

現実の出版界の慣習としては、契約書を交わしていなくても、著作者が複数の版元が同じ内容・同じタイトルで漫画化することを承諾することはあってはならないし、先行作品があることを知った上で別の版元が出すこともあってはならない。

同じ原作で複数の漫画作品が世に出たケースは、石ノ森章太郎江川達也が漫画化した『家畜人ヤプー』がありますし、手塚治虫の複数の作品を別の漫画家がリメイクしていますが、いずれも元版の発表から時間が経過していますから、すでに絶版になっていたり、在庫が切れたままになってましょう。

むしろそのことによって、原作や元版が再注目され、増刷されたり、復刻されたりするきっかけになります。読者も混乱はしない。誰も損をせず、メリットしかないですから、契約書に反していたとしても全員が納得すればいいことです。

また、競作にすることで話題づくりとし、漫画家もそれに合意したなら、読者にそれを周知することで同時連載はあっていいでしょうが、小悪魔教師サイコ」の場合、合田蛍冬さんは納得していないだけでなく、やらなくていいネーム・チェックまで無償でやることになってます。酷すぎないか?

✳︎沼正三原作・石ノ森章太郎画『家畜人ヤプー』の復刻版。オリジナルは1971年刊。

 

 

契約書がすべてではない

 

vivanon_sentenceもしそんなことが許されるなら、テレビ東京が深夜で放送した低予算のアニメやドラマが話題になっていることに目をつけたフジテレビがもっと金をかけて、ゴールデンに特番で先に結末までを見せていいことになりますし、DVD化やネット配信も先にやられてしまい、その売上を見込んでいたテレビ東京としては大損です。

出版界はアバウトな部分があって、今なお契約を交わさないことも多いでしょうが、それでもこんなことが起きていないのは、著者と編集者との間に信頼関係があるためですし、長年の慣習があるからです。両者がそれに従っていればトラブルにはならない。また、原作者も版元も、読者の信頼を裏切らないようにしているためです。

 

 

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