松沢呉一のビバノン・ライフ

人種的マイノリティの投票率が低い理由—米国の有権者ID法に対する賛成派と反対派の意見[中編]-(松沢呉一)

有権者ID法は人種的マイノリティに不利か?—米国の有権者ID法に対する賛成派と反対派の意見[前編]」の続きです。

 

米国法曹協会の指摘を検討する

 

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有権者ID法についてだけでなく、米国法曹協会(ABA/American Bar Association) が、マイノリティが選挙において不利になる理由をまとめたWhy Minority Voters Have a Lower Voter Turnout: An Analysis of Current Restrictions」に、有権者ID法の不都合を裏付けるかもしれないデータが出ています。

 

有権者ID法に内在する差別の一例は、ジョージア州の「完全一致」システムの導入に見られる。このプログラムでは、運転免許証または社会保障記録に記載されている名前が有権者登録フォームに入力した名前と正確に一致しない場合、個人の投票ステータスを停止することが求められる。2018年にこの法律の影響を受けた5万1000人のうち、80%がアフリカ系アメリカ人だった。2018年のジョージア州知事選挙ではアフリカ系アメリカ人候補のステイシー・エイブラムス氏が約55,000票の差で敗れたため、「完全一致」法が一因となったという証拠がある。

 

しかし、こちらにもごまかしがありそうです。

日本で日本人が漢字や仮名を間違えることはまずないでしょうが、アルファベット表記に揺れのある人はいるでしょう。ローマ字自体に揺れがあって、「ち」は「ti」と「chi」、「つ」は「tu」と「tsu」、「し」は「si」と「shi」がありますし、「太郎」は「Taro」と「Tarou」と「Taroh」があるように、とくに長音のルールは安定性がない。また、「甚平」の「じ」は「ji」と「zi」、「ん」は日本語表記としては「ん」ですが、発音としては「m」なので、mにする人もいて、4種の表記があります。適当に使っていると、米国では投票できない州がありそうです。

同じように、母語がアルファベット表記ではない国から移住してきた人の中には表記に揺れのある人はいるでしょう。また、そもそも姓のない文化圏もあって、必要な場合は便宜的に親の名前を姓とするような人たちは、使わない分、アルファベットがいい加減だったり。

スペルが一文字でも間違っている場合、「個人の投票ステータスを停止する」のはいったんペンディングにするってことでしょう。この法律の影響を受けた5万1000人に、この保留分が入っていそうで、実際に無効になった数字を出すべきです。じゃないと、州知事選挙の結果が有権者ID法によるものかどうかわかりません

ペンディングにされた場合、面倒になって、そのまま放置になる人が相当数出るでしょうが、そのことを事前に周知して、スペルミスがあり得る人は複数の表記を併用していることがわかる補足資料を持ってくるように呼びかけることで、ある程度は減らせそうです。公共料金の請求書でも社員証でもいいでしょう。

つまり、完全ではないにしても、改善が可能なのだから、これをもって有権者ID法を否定し切るのは無理がありそうです。

 

 

米国法曹協会への疑問

 

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米国法曹協会は、有権者ID法に反対する姿勢を明白にしています。この文章はもともと選挙制度は民族的および人種的マイノリティに不利になっており、有権者ID法はさらにその差別を強めるものであるという趣旨で書かれています。

もともと公平ではないことを説明するために2点挙げられています。

以下が1点目の「マイノリティが選挙日に投票所を見つけることは困難」。

 

投票所を見つけるのに苦労したと回答した白人調査回答者はわずか5%だったのに対し、アフリカ系アメリカ人回答者は15%、ヒスパニック系回答者は14%だった。

 

なぜマイノリティが投票所を探すのに苦労するのかといえば、投票率が低いためのようです。それまでの投票数実績で投票所を決定するため、投票する率が低いマイノリティの住むエリアでは投票所の数が少なく、よって投票所が遠く、人によっては足を踏み入れたことのない場所まで行く必要があります。

 

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