「人身売買」大国ニッポン 3 〜 コロンビアから来た女性が日本で見た地獄 『サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者』著者・マルセーラ・ロアイサさんインタビュー
マルセーラさんの安全のために、彼女の近影公開は差し控えた
■覚えている日本語は「ニマンエン」
マルセーラ・ロアイサさんと会ったのは今年の春である。米国西部の小さな町。砂漠地帯の乾いた風が吹き込むホテルの一室だった。
夜勤明けだというマルセーラさんは、目を真っ赤に充血させていた。彼女のリクエストで用意したスタミナ飲料「レッドブル」で、とりあえず私たちは乾杯した。
マルセーラさんはそれを一気に飲み干して、ぎこちない笑顔を私に向けた。いや、笑っているようで笑っていない。
「ごめんなさい」と彼女は謝った。
「あなたが悪いわけではないんです。ただ、日本人の男性を前にすると、どうしても恐怖を感じてしまう」
天敵に囲まれた小動物のように脅えた表情が浮かぶ。
マルセーラさんと会った場所を具体的に明かすことができないのは、彼女が日本のヤクザに「追われる」立場にあるからだ。どれだけ時間が経過しても、彼女の中の恐怖は消えない。
気まずい雰囲気をどうにか救ってくれたのは、スペイン語通訳の常盤未央子だった。天性の明るさを持つ常盤がいなければ、おそらくインタビューはそれ以上、進まなかったかもしれない。
コロンビア出身のマルセーラさんは、かつて日本でセックスワークに従事していた。1999年に来日した彼女は、池袋(東京)のラブホテル街で、木更津(千葉)のヘルスで、ヤクザに監視され、自由を奪われ、そして搾取され、ただひたすら働き続けた。
生まれ故郷へ逃げ出すまでの約2年間、マルセーラさんは暴力支配に組み伏せられていた。
覚えている日本語はあるかと尋ねると、マルセーラさんは即答した。
「ニマンエン」
彼女に付けられた”値段”である。
ニマンエン。ニマンエン。ホテル街の暗い路地で、男が行きかうたびにマルセーラさんは呪文のように唱え続けた。それだけ覚えれば、夜の海を泳ぐことができた。彼女が生きるための言葉であり、自身を縛り付ける言葉でもあった。
それがマルセーラさんにとっての「日本」だった。
2009年、マルセーラさんは母国コロンビアで日本滞在中の出来事をまとめた手記(原題『ヤクザに囚われた女ー人身取引被害者の物語』)を出版し、同国のベストセラーとなった。現在は米国に移住し、人身取引撲滅のためのNPO「Fundacion Marcela Loaiza」の代表として活動している。(編集部註:マルセーラ・ロアイサ財団のホームページは、言語を選択すれば日本語でも読むことができる)
このたび、マルセーラさんの手記の邦訳版を、出版社・ころからが刊行することとなった。
タイトルは『サバイバー: 池袋の路上から生還した人身取引被害者』(8月25日発売)。
私が米国でマルセーラさんと会ったのは、同書巻末の”解説”を担当したからだ。
私はマルセーラさんの記憶に残る日本人の姿を知りたかった。彼女が目にした風景を知りたかった。
以下はその際のインタビューの一部である。
サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者(ころから)
2016年8月25日初版発行/定価1800円+税
ISBN 978-4-907239-20-6/四六判、並製、224ページ
著:マルセーラ・ロアイサ/訳:常盤未央子、岩﨑由美子
解説:藤原志帆子/著者インタビュー:安田浩一
■日本に渡ったのは「貧しかったから」
──私のことがそんなに怖いですか?
「あなたを恐れているわけではない。日本人の男性というだけで、どうしてもヤクザを連想してしまうのです」
──日本から逃げ出して、すでに15年が経過しています。
「何年経過してもヤクザの恐怖はついて回ります。私がヤクザとの契約を一方的に破棄する形で逃げ出したのは事実です。実際にいまでも狙われているかどうかは、わからない。ただ、恐怖で縛られているのは事実です。それが悔しい。実際、日本から逃げ出したものの、報復の犠牲となった女性もいます」
──どのような「報復」を受けたのですか?
「私と同じべレイラ(コロンビア中部の都市)出身の女性です。日本から逃げ出して3週間後、花の配達人を装ったヒットマンに自宅の玄関で撃たれて亡くなりました。地元では、それがヤクザによる事件であると信じられています。ですから、私は今でも家のドアがノックされるたびに緊張を覚えざるを得ません。恐怖はいつまでも消えないんですよ。ヤクザの刺青と同じです」
──なぜ、日本に渡ったのでしょう。
「貧しかったから。それ以外の理由はありません。チャンスがほしかった。家族を救いたかった」
(残り 2662文字/全文: 4500文字)
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