久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ドクター・ドレ『クロニック』 – ジョージ・クリントがユーモアで包んで表現しようとした政治性をストレートに押し出し、彼が夢見たことが本当になった

 

ドラム・マシーンとヴォーカル、それにディレイとリバーブかけて作られたようなRun-DMCの『キング・オブ・ロック』が、今だに最強のヒップホップ・アルバムだと思っている久保憲司です。

一番最初のギャング・スター・ラップはフィラデルフィアのスクーリーDの「PSK,ワット・ダズ・イット・ミーン?」だそうですが、初めて聴いた時はそのチープな音に驚かされました。

85年のロンドンでは、アメリカ盤のレコードが入ってくる店は少なく、週一回の入荷日には、店の中にはDJなのかオタクなのかよく分からない連中が十人くらい突っ立て、店員がかける直輸入のレコードを腕組みしながら吟味し、気に入ると、手を上げるという競り市みたいな感じで手に入れてました。

そうやってスクーリーDのアルバムかシングルを手に入れたんですが、聴いて、これはパンクが好きな奴が作っているのかと思いました。ジャケットもむちゃくちゃチープだったし。まさかギャングの日常を歌っているとは気づかなかったです。名前もスクーリーですしね、ラモーンズの「電撃バップ」みたいに通学バスで後ろに座った悪ガキから頭叩かれるようなラップかと思ってました。

今、そのリリックを読むとマリファナを売りながらラッパーになろうとしているスクーリーDの日常が手に取るように分かります。そのラップはそれままでのラップと全く違ってました。ギャング小説のようなラップでした。当時は全く気づかなかったですけど。

スクーリーDを聴いて、こんな風に日常を歌えばいいんだということに気づいたのが、ロスのギャング、クリップスに片足突っ込んでいたアイス-Tでした。「PSK,ワット・ダズ・イット・ミーン?」のフローで傑作「6・イン・ザ・モーニング」を作るのです。スクリーDの「パークサイド5-2」と同じです。家に警察に踏み込まれて逃げる歌です。

その表現はスクーリーDのものより緻密になってました。アイス-Tという名前は自身のポン引き人生を小説にした『ピンプ』で有名な黒人作家アイスバーグ・スリムからきていて、高校時代にはギャング小説も書いていたそうです。

朝の6時に警察に踏み込まれ、裏窓から逃げて、ロスには居られないと、NYの伝説のヒップホップ・クラブ、ラテン・クオーターに行くまでを歌った、ケンドリック・ラマーの『Good Kid, M.A.A.D City』を一曲にしたようなラップです。

アイス-Tは自身の体験というより「お前らこんなことあっただろ」「こんなこと目にしただろ」「分かるよな」とクリップスのメンバーに喜ばれるようなリリックを書いていったそうです。

そんなラップを気にいったアイス・キューヴは、ギャングをやっているイージー・Eの話をラップにして行きます。ギャングじゃなく真面目に大学に通う、しかも超優等生だったアイス・キューブはアイス-Tのような仲間を喜ばす身内ネタではなく、黒人がアメリカで生きるとはどういう状況なのかということをリリックに込めていったのです。

そんな彼らがいたN.W.Aが出てきた時は、期待したのですが、音的にはパブリック・エネミーの2番煎じにしか感じず、彼らのライブもイギリスのブリクストン・アカデミーで見たのですが、その何年か前に同じ場所で観たパブリック・エネミーとは月とスッポンで、肩透かしを食らいました。唯一洒落てるなと思ったのは、映画なんかでよく見る“ポリス・ドゥ・ノット・クロス”と書かれた黄色のテープをステージ上に張り巡らしていたことです。でもそれを張っていたのは彼らの悪徳マネジャー、ジェリー・ヘラーで、50歳くらいの白人のスタッフがいるのか、ダサッ、搾取されてんじゃないのと思ってました。

そんなN.W.Aから抜け出たドクター・ドレーが一皮も二皮も向けたアルバム『クロニック』を作りあげたのにはびっくりしました。クロニックとは当時ロス周辺で出回っていた最高級のマリファナの名前で、その名前に相応しいアルバムだったと思います。リリースされた時はクロニックがどういう意味か分からず、ドクター・ドレーが写ったジャケットにクロニクル(年代記)、エライ大げさな名前つけたなと思っていました。

『クロニック』はそれまでのヒップホップとまったく違ってました。ドクター・ドレー以前もデ・ラ・ソウル、後にドクター・ドレーと「カリフォルニア・ラブ」を作る2パックのいたデジタル・アンダーグランドなどもPファンクをネタに使っていましたが、その使い方はどこかコミカルで、Pファンクなどのファンクからキリング・ジョーク、ポップ・グループなどのハードなホワイト・ファンクに夢中になっていた自分としてはどこか物足りないものを感じていたのです。しかし『クロニック』は、キリング・ジョーク、ポップ・グループなどのイギリスの白人と同じようにファンクの裏に流れるヘヴィさ、政治性を理解しているような気がしたのです。

 

続きを読む

(残り 1165文字/全文: 3182文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

tags: Dr. Dre Ice Cube ICE-T N.W.A schoolly D Snoop Dogg Warren G

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ