松沢呉一のビバノン・ライフ

性の解放は体位の獲得から始まった-ノガミ旅行記 [2]-(松沢呉一)-5,870文字-

『バンかけ』『パンパン』がつなぐ焼け跡と現在-ノガミ旅行記 [1]」の続きです。

 

 

 

素人娘を追い出す

 

vivanon_sentence焼け跡時代とは違って、今はさすがにリンチをするようなことはないが、夜になってから素人さんが挨拶なく客待ちをすると、千鶴さんたちはいびり出す。

しかし、そうも素人さんが街に立って客を探すものなのか疑わないではいられない。上野の住人にこの話をしたところ、駅から少し離れた場所に、単独で街娼が時々出ていて、「遊ばない?」と声をかけられたこともあるという。見たところは 三十代。いつもいるわけではないそうで、おそらくこれはグループに属さないモグリだ。東電OLのような趣味と実益の副業タイプかもしれない。

この場所は千鶴さんたちの行動範囲ではない。よって千鶴さんたちも目が届きにくく、気づいたところで文句は言わない場所だ。歓楽街からも離れているので、夜は人通りが少なく、暗くもあるので、ああいう商売にとっては好都合かと思う。

より客探しに適しているのは不忍池周辺や歓楽街だが、そちらをいびり出されたがために、その場所を選んだのかもしれない。

それを聞いて、何度かこの場所に行ったが、それらしきのを見たことはない。必要な金を得てやめてしまったのか。

今の時代はテレクラを筆頭に、より安全に客を探す方法があるのに、なぜ立つのか。約束をして会う方法だとすっぽかされる可能性がある。時間の無駄。目の前に客がいれば 「金を持っているかどうか」「危険はないか」と目で確認ができるが、声だけではわからない。警察に捕まるリスク、ヤクザにショバ代をとられるデメリットはあるが、こちらの方が安全で確実と感じる人たちもいるわけだ。

とくに言葉が十分にできない外国人はそうだろう。電話での交渉は難しいのである。

その点、店舗のある性風俗店であればある程度の安全は確保できるが、昼間に仕事をしているとなれば、売春に費やせる時間帯は限られる。夜の三時間だけ働ける性風俗店はほとんどないだろう。三十代であっても四十代であっても働ける店はあるが、「性風俗で働けるのは若いうちだけ。商品価値があるのは若いうちだけ」と思い込んでいると、雇ってもらえるとは思えない。

上野を歩いている時に、「おねえさん、いくら?」とたまたま声をかけられた体験があったりすると、「そうか、この方法があるのか」と気づけるってわけだ。

佐野眞一はいかにも被害者の行為が特異であり、理解できない謎や暗闇が存在しているかのように東電OLを描いたわけだが、彼女が特異な存在になったのは、今の時代に「殺された」という一点にある。戦後すぐであれば殺されたとしても「よくある話のひとつ」だった。それでもあの時代になぜ女たちは街に立ったのかは『闇の女たち』を読んでいただきたい。今だって同じだ。

 

 

素人淫売

 

vivanon_sentenceカストリ誌「猟奇実話」創刊号(昭和23年4月刊/双葉社)に掲載された水島紀男著「東京パンパンガール」にはこんなことが書かれている。

 

兎に角密淫売であるから、彼女たち(街娼)の正確な数字は解らないが、一昨年上半期検挙した警察の統計では、東京のみで八二五人で(内邦人専門二五人)、或好事者の統計では約二五〇〇人(内邦人専門二割)とし、今日五割程度の増加と言われている。

すべて素人淫売で、最も多いのは無職業者が半数以上を示しているが、又個人の収入の多い事も無職業者で則ち彼女達は淫売が営業であり、本業であるのだ。次いでダンサーの副業が一割五六分、其残数が飲食店の女、カフェや喫茶店の女給、女事務員、女工、芸人等、亜いで(ママ)芸者、女中、其他露店商人から人妻、女学生に至るまで種々雑多な者の副業として稼がれているのである。

 

文章が下手なのは当時のカストリ誌によくあることとして、意味がよくわからないかと思うので解説しておく。

この時代はまだ街娼というものの存在がよく認知されておらず、娼家にいる娼婦を職業売春婦と位置づけていて、街娼はすべて素人と見なすところがあり、「素人淫売」というのはその意味。ところがどっこい調べてみたら、半数以上はこれのみで稼いでいるため、これでは本業だと感嘆しているのである。IMG_7339

ここにある職業は、その前に出てくる警察の統計なのか、或好事者の統計なのか、それともまったく別の統計なのかよくわからず、そもそもカストリ誌の記事をそのまま信じるわけにいかない。この段階では、グループ化が進んでいて、こうも副業が多かったとは思いにくく、数字が古いのではないか。

この出版元である双葉社は、今現在もあるあの双葉社のこと。「週刊大衆」に名残が若干ありそうだが、双葉社はカストリ雑誌から始まった出版社である。当時は岐阜県にあって、東京のパンパン事情など調べることは容易ではなかったはず。

あくまで推測だが、この記事は、当時の売春婦の前職に関する調査を都合よく読み替えたものだろう。

以下、その数字を確認する。

 

 

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