松沢呉一のビバノン・ライフ

京都で行われた街娼調査—『街娼 実態とその手記』を検討する[1]-[ビバノン循環湯 511] (松沢呉一)

この原稿は『闇の女たちでも使用した竹中勝男・住谷悦治編『街娼 実態とその手記』について検討したものです。ネットで公開した長大な「日本街娼史」と題した原稿の一部です。これを大幅に短縮したのが『闇の女たち』の第二部でありまして、オリジナルのままで発表したことはなかったかと思います。

※「書店からの報告-『闇の女たち』解説編 4」で説明したように、数字について検算して欲しいと新潮社にお願いをしていて、その結果、オリジナルも私の計算も間違っていたことが判明しています。そのパートは本原稿ではカットしてますので、『闇の女たち』をお読み下さい。それ以外にも重複している箇所があるのですが、外すのは困難なため、そのままにしておきました。とくに第一回目の今回は『闇の女たち』と相当までかぶっています。

※原文では伏字をわかる範囲で穴埋めしていたのですが、「米兵」「G・I」「MP」「基地」「米軍基地」「進駐軍」など容易に推測できるものがほとんどで、かえって読みづらいため、繰り返されている伏字の穴埋めは省略しました。

発禁の理由がちりばめられた本-「闇の女たち」解説編 13」に書いたように、占領下での検閲では、こういった文脈で占領軍関連の文字は出せず、伏字にしてもNGだったのですが、この本で伏字が許されたのは研究書だからだと思われます。そのくらいの融通は利いた模様。

※原文通りは[ ]でくくっていて、私の言葉で書き直したものは「」でくくってます。街娼たちの言葉は短く数が多いため、段を下げるに留め、それ以外の言葉は引用表示しています。

※国内の著作権切れの街娼写真を大量に探すのは困難なので、海外のものを探していたら、また面白い写真家を見つけました。

ウィリアム・ゴールドマン(William Goldman)という米国の写真家で(上の写真)、ジョセフ・ベロックと同じく、商業写真家ながら、売春婦たちを撮影していました。これらの写真もどうやら生前は公開されなかったようです。ペンシルベニア州レディングで活動していたこと以外、人物についてはあまりわかっていないようです。

おそらく地元の売春婦たちでしょうが、スタジオで撮られているものがあって、写真館主だったのかもしれない。ギャラを払って撮らせてもらったのか、プリントを渡す代わりにタダで撮ったものか。スタジオ撮りが多いのと、撮影は1890年代であり、ベロックより四半世紀ほど早いこともあってか。ベロックの作品のような鮮烈さまではないのですが、いい写真があります。街娼ではないですが、全編この人の作品を使わせてもらいました。

 

 

 

竹中勝男・住谷悦治編『街娼 実態とその手記』を読む

 

vivanon_sentence竹中勝男・住谷悦治編『街娼 実態とその手記』(有恒社・1949年)は、サブタイトルにあるように、手記や口述記が多数掲載されています。編者らは、売春肯定の意図などまったくなく、むしろ売春否定の考え方が強いのですが、手記や口述記は、簡単な解説をつけつつ、ただ本人たちが書いたこと、話したことをそのまま掲載していて、であるが故に、編者たちが意図しない現実までを今になって読み取ることが可能です。

京都での調査のため、地域的な特色が反映されているかもしれませんが、出身地を見ると、地元出身者の方が少なく、普遍的な街娼の実態をとらえていると言えそうです。とりわけ洋パンは基地、軍人とともに移動をする傾向が強かったのです。

この本を読む場合には、いくつか押さえておくべき点があり、彼女らは、一部、自ら施設に駆け込んだのもいますが、ほとんどは警察に検挙された人々です。施設に保護されたり、検査のために3日間病院に留め置かれたり、病気が見つかった場合は強制入院させられた者たち200人が対象です。調査表をもとに主に面接によって調査しており、その際の手記や口述記録を掲載しています。

言葉の端々に反省の念が見え隠れはしますが、監禁に近い状態にあるために、本当のことが語られているのだとしても日常とはまた違う環境でのものであり、そこに相当のバイアスがかかっていることを踏まえる必要があります。

当時、警察が米軍のMPと組んで女たちを検挙したのは、米軍の方針です。以下は京都に警察が貼り出した注意書きです。

 

進駐軍軍人に対し、次の行為をなすものは占領目的に有害なる行為をなすものとして、軍事裁判に付されます。

一 進駐軍軍人に売淫をしたもの

二 売淫の手だけをしたもの

三 売淫の場所をかしたもの

なお、夜間さまよい歩く婦女子は、あらぬ疑いを受けて取調べを受けるときがないとも限りませんから注意してください。

 

 

これは米軍の中で性病を蔓延することを防ぐための規定ですが、だったらまずは軍隊の中で病気の検査を徹底しろよ、という話です。

※This photo of a 19th century prostitute is among those in “Working Girls: An American Brothel, Circa 1892, The Secret Photographs of William Goldman.”

 

 

本書における「街娼」

 

vivanon_sentenceこれを見ていただければおわかりのように、街娼だけが対象なのでなく、米兵向けのダンスホールやバーに勤務している女性、いわゆる「オンリー」のように特定の相手だけと関係をもつ女性もを検挙することを目的としています。

本書では、それを受けて、街娼の定義を[抱え主が存し組織化されている売春婦に対して、個人的に独立し、自らも客引きをする売春婦]としています。つまりは進駐軍を相手にする個人売春の形態すべてが街娼です。

さらに、駅周辺でたむろす浮浪者、カツアゲ、窃盗などで生活する不良少女たちも捕まっていて、夜、歩いていただけで検挙されたり、米兵と話していただけで検挙された例もありますし、その流れで米兵相手ではなく、日本人相手の街娼や、個人売春ではない赤線・青線女給も検挙されています。

そのため、実際に米兵相手に売春している者でも、「単なる恋愛関係でしかない」「性病に感染しているのは日本人が相手の女たちである」と言い逃れしようとしたわけです。

これらも調査対象になっているため、ここでの「街娼」は「米人と恋愛をする女・米人とセックスする女たち」であり、そこにも含まれないのが相当数混じっていることを確認しておきます。

そこを区別するため、この本の対象なっている人々を「街娼」とし、私がふだん街娼と読んでいる人たちは「パンパン」と表現します。つまり「パンパン」は路上で客を引く人たち。どちらかと言えばこの本の対象を「パンパン」とした方がしっくり来るのですが、本ではそれを「街娼」としてしまっているものですから。

Courtesy Serge Sorokko Gallery/Glitterati Editions

 

 

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