松沢呉一のビバノン・ライフ

嫌なものは警察・MP・性病・社会の視線—『街娼 実態とその手記』を検討する[5]-[ビバノン循環湯 515] (松沢呉一)

実態調査に道徳は不要—『街娼 実態とその手記』を検討する[4]」の続きです。

 

 

 

米兵は好きでもMPは嫌い

 

vivanon_sentence日本の警察だけじゃなく、MPの態度もひどかったようです。

××に顔を知られると病院を出たその日にさえキャッチされ詳しい事情も調べない乱暴なとりあつかいである。写真は名札をぶらさげてとられるし、もし病気があれば◯◯◯◯中にそれを廻すことになっている。抗弁すると棍棒でこづかれたり又キャッチされる者はきまっている点など非常に不公平

伏字部分に何が入るのかまったくわからず。

このOさん(20歳)は堂々たる女性で、地道な仕事が嫌いで戦中に神戸の市電の車掌となっています。当時の女の仕事としては活動的な仕事です。

敗戦でキャバレーのダンサーになって米兵と結婚。夫が闇物資を扱って検挙されたため、別の米兵と関係して妊娠、出産。

現在の生活がいやでいやでたまらなくなる時もある。この矛盾した気持ちの処理に苦しんでいる][自分にははっきり自認しているくらい浪費癖がありとても華美な生活をしている。大体満足しているが無差別にキャッチされるのだけが苦痛である

嫌になるのは検挙されることだけで、あとは満足しているよう。

続くPさん(19歳)は、高等女学校卒業後、女専に入学しますが、家の事情で退学。会社社長だった父が病死し、祖父の仕送りで一家四人が生活するのは苦しく、彼女は働き出しますが、体を悪くして退社。結婚を前提にGIとつき合いますが、相手は急死。関係したのはこのGI一人でしたが、道を歩いている時に検挙されています。

警察はパンパンガールになる可哀そうな女達の、その原因も考えないで威張ってキャッチするのは女性に対する侮辱です。憤慨に耐えません

過去に検挙歴があった場合は別として、一人でいるところを捕まった場合は「客待ちではない」と言い張ることも多いでしょうが、縄張りもありますから、歩いて客探しをすることは稀であり、この人はこの証言通りかも。

しかし、過去に一度でも米兵とつきあったら、「街娼」として扱われるのでありましょうか。だとしたらひどいですけど、MPとしては、また、社会の視線としては、売春してようと、ただつきあってようと、相手が米兵である限りは同じだったのかもしれない。

Courtesy Serge Sorokko Gallery/Glitterati Editions

 

 

病院でのリンチ

 

vivanon_sentence病院の環境もよくないようです。

最近病院に勤めたタイビストだと守衛を詐り、正門より堂々と脱走して直ぐつかまり、物凄いリンチにあう。廊下に座らされ、スリッパ、靴等で顔を殴られ、太腿、脚を蹴られて紫色にはれあがる

これはQさん(21歳)の口述。彼女は女学校卒業後、キャバレーのダンサーになり、そこで米兵と知り合ってオンリーに。電車を待っているところで訊問され、MPの質問に英語で答弁したことが裏目に出て検挙。英語を話せると街娼と見られてしまうのです。

病院内で、入院者の中から班長、副班長を任命し、彼女らに自主管理させていて、ルール違反したのがいるとリンチをする。こういう話は、東京の吉原病院でもあったようです。

病院の人間が直接手だしをするわけにいかないので、こういう方法をとったのでしょう。また、病院のミスを指摘したりすると、部屋から出られないカギ付の部屋に入れられてしまいます。ひでえ人権蹂躙が行われていたのであります。

WILLIAM GOLDMAN Untitled, 1892 – 1900

追記:ここでも「リンチ」が使われていますね。「パンパン系リンチ」です。

病院で街娼に班長をやらせて管理させるのはナチスの強制収容所やゲットーで行われていた方式です。ユダヤ人の管理をユダヤ人にさせる。悲しいかな、人間は、こうなるとその権力を使って容赦なく締め上げる。やられた方は自分も管理側に回りたいのでおとなしく従うという仕組みです。ナチスの場合はどのみちそのうち殺されるわけですが。

 

 

next_vivanon

(残り 2955文字/全文: 4632文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ