松沢呉一のビバノン・ライフ

シーア「シャンデリア」が香港で合唱されるまで—メディアをめぐる不可解な現実[番外]-(松沢呉一)

時制が「今現在」しかなくなる—メディアをめぐる不可解な現実[4]」の続きですが、話がちょっと飛ぶので、番外にしておきました。

 

 

音楽に政治を持ち込まないではいられない香港の現在

 

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Facebookでは追ってましたが、まずここまでのおさらいをしておきます。

太子駅での騒動があったために特別な日になった8月31日、この動画が公開されます。

 

 

「願榮光歸香港」はさまざまなヴァージョンを生みつつ、「願榮光歸香港」を歌うための合唱会が開かれて新たな行動となり、この曲を国歌にしようとのムーブメントになっていき、サンフランシスコやロスに移住した人たちもこの曲を歌う会を開いています。

この曲が発表されてわずか二週間後、以下の動画が公開されます。

 

 

この手際のよさから、てっきり私はすでにある大学のオーケストラが練習を重ね、大学の映像サークルや芸術系の学生が撮影したのだと思ったのですが、この指揮者が正体を伏せたまま香港メディアのインタビューを受けていて、メンバーはネットで募集して、2日で200名が呼応し、うち150名が参加。楽器の重複もあったでしょうが、この場所にそれ以上入れなかったとのことです。

映像担当はおそらくプロでしょう。740万人の人口で、200万人のデモが起きる香港では全業種に民主化運動支持者がいるので、何かしようとすると、人材がすぐに集まるという話を聞きます(人口のうち100万人近くは返還後に本土から香港に移入してきた住民で、そのほとんどは中国政府支持・警察支持です。もともとの香港住民におけるデモ参加率、デモ支持率は表面上の数字よりさら高い)。

以下は9月9日に公開された、香港のクリエーターたちによる動画。

 

 

複数の人が作画を担当する方式です。こういうことがすぐにできてしまう。

 

 

ヘルメット・オーケストラの意図

 

vivanon_sentence私は彼らをヘルメット・オーケストラと呼んでいて、ヘルメット・オーケストラの動画が公開された直後に観ました。再生回数はまだ二桁でした(再生回数が更新されるには時間差があるので、実際にはもっと観ていたでしょうが)。それまで自分がイメージしていた香港の運動に大きな誤解があったことに気づかされました。私は日本の感覚から出られておらず、200万人のデモが可能になる香港のリアリティがわかっていなかったのです。

雨傘運動の時から、急進派と穏健派、あるいはナショナリズムとリベラリズムとの意見対立はあるのですが、「デモ隊の暴力をどう捉えるか」についての議論は続いていながら、それが運動の対立として表面化することは稀です。互いに互いの考えや行動を批判しないことが暗黙の了解になっていて、「デモ隊の暴力より警察の暴力が問題」という共通認識があります。本来はこれが正しい。警察は国家権力を背景に、殺人ができる武器を装備していますから、不当な暴力はデモ隊の暴力よりも強く批判されなければなりません。しかも、香港の場合は背後にプロの殺人集団・人民解放軍が控えていて、繰り返し脅しをかけています。

日本だったら、火炎瓶を投げ、地下鉄の駅を破壊する急進派を穏健派は敬遠し、「あの人たちと自分らは違う」と主張し、その行動を強く批判もします。そこに力点を置くために、警察の暴力を忘れてしまうところですが、香港ではそうはならない。音楽で闘う人たちも、ヘルメットをかぶって演奏をする。

指揮者は、あの動画で「今は路上にいない人たちも、いずれ顔を隠さなければならなくなる恐怖を表現した」と語ってました。最後の方で煙が立ちこめていくのがそれを示唆しています。

私はあの動画を観て「我々も路上で闘っている人たちとつながっている」というメッセージだと受け取りましたが、似たようなものです。日本では考えにくい表現です。

私は「この辺で抑えておかないと、人民解放軍が投入されるぞ」と恐れていたのですが、この発想こそが危険であることをこの頃から感じ始めてました。日本的発想では、火炎瓶を投げるような急進派を切り離し、彼らは孤立する。孤立した時こそ潰すチャンスです。1000人の急進派のうちの10人ほど射殺すれば鎮まります。国民も「しょうがないよね」で納得する。

しかし、香港では急進派だけで万単位います。あるいは数十万人か。そのうち100人を殺せば急進派は膨れ上がる。バイオリンやトランペットの代わりに棒を持ち、火炎瓶を投げる。その宣言があの動画です(とまでははっきり言わないでしょうが)。100人殺しても、1000人殺しても無駄だと。

以下は、昨日公開された手話版「願榮光歸香港」オリジナルは埋め込みができないので、コピー版ですが、こちらの方が画面も大きくて見やすい。ここまで書いてきたヘルメットの意味が鮮やかに表現されています。そこに注目して最後まで観てください。曲もそこに向けてアレンジされてます。

 

 

 

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