松沢呉一のビバノン・ライフ

音楽が世代共通の体験になりにくくなった—メディアをめぐる不可解な現実[6]-(松沢呉一)

「深く踏み込む」と「浅くなぞる」の関係—メディアをめぐる不可解な現実[5]」の続きです。

 

 

 

億単位の再生回数の曲だからパロディが成立し、合唱される

 

vivanon_sentence

シーア「Elastic Heart」も10億再生回数です。改めてシーアはすごいなあ。

日本でも、今の中高生だったら、シーアを高い率で認知しているのかもしれないけれど、もうちょっと知名度が落ちると、興味が分散してしまって、「知らない」「名前しか知らない」ってことになっていそうです。その代わり、音楽が好きな中高生たちには、「自身、ポストロックのバンドをやっていて、国内のポストロックはほとんどすべて聴いている」「アニソンだったらなんでも歌える」「オリコン上位曲はイントロで全曲タイトルを言える」といったように、特定ジャンルにとことん詳しいのもいるでしょう。

一方で、中高生でもインターネットで音楽を聴く習慣がないと(全寮制では、今も全時間スマホ禁止の学校があります)、シーアでも認知するきっかけがないってことが起きそうです。

香港は英語曲がヒットしやすい環境にあるとは言え、あの合唱は20億再生回数の「シャンデリア」だから成立していて、これが10万再生回数だと皆では歌えない。内容次第では広がりますが、すぐに合唱はできない。

しかし、まったくの新曲である「願榮光歸香港」は短期間でああも合唱されて、世代どころか香港人共通の体験になってます。音楽が自身のアイデンティティと重なって数百万人の香港人の共通体験になり、海外に移住した香港人をも巻き込んで、「香港に帰りたい」と言わせています。おそらくこの曲は次の世代の共通体験にもなります。

今まで見たことがない「国歌が生まれる瞬間」に立ち会っている感が私にもあって、だからずっと中継を観てしまいます。とうてい日本の参考にはならないのだけれど、今見ておかないと一生悔いそうです。もちろん、これはインターネットがあってこそ。

一昨日、香港大で「願榮光歸香港」音楽会が開かれていました。これは学生会主催で、星条旗を掲げる勇武派の星条旗隊とはノリがまったく違って、顔を隠していたのは2名だけ(少なくとも1名は留学生)、ヘルメット姿は一人もおらず、司会進行は女子学生でした。

最後の最後で一回だけ合唱がありましたが、この音楽会は「音楽を論じる会」であり、英国、米国、オランダ、ノルウェーなどの留学生を含めたスピーチと討論が1時間半続き、主たるテーマはこの曲の意義でした(何語であってもヒアリングが苦手な私ですから、英語で進行していたこの会も正確には聴き取れてないですが)。いろんな立場からこの曲は語りたくなるのはよくわかります。

日本の曲で言えば、1億再生回数を超えると、ポビュラー音楽が好きな人の間で、皆が知っている曲になりましょう。と書いて、これも「ホントかな」と思って確認したのですが、私についてはそうでもない。米津玄師の曲は全然記憶に残らず、知っている曲はあっても、歌える曲はひとつもない。でも、[Alexandros]の「ワタリドリ」は私も歌えます。これは替え歌の合唱が可能かと思いますが、それを成立させる背景がこの国にはない。それが香港にはあるのです。

インターネットは背景によって違う結果を生み出すということをまずは確認しておきます。

※YouTubeの「シャンデリア」のコメント欄も今は香港のことばっかりです。

 

 

ラジオが音楽を教えてくれた時代

 

vivanon_sentence以下、自分語りですが、普遍性のある内容かと思いますので、しばらく我慢してください。

私が中学の頃、未知の音楽を知る窓口は圧倒的にラジオ経由でした。夕方になると、毎日、ヒットチャートものの番組を聴きますから、カーペンターズもサイモンとガーファンクルもビージーズもギルバート・オサリバンもスティーヴィー・ワンダーも聴きます。カーペンターズが私は嫌いだったんですけど、それでも歌えるくらいにヒット曲は聴いてます。

そこからそれぞれにハードロックを掘り下げたり、フォークを掘り下げたり、グラムロックを掘り下げたり、黒人音楽を掘り下げたりするわけですが、ヒットチャートをチェックしている限り、売れているものは皆の共通体験です。また、テレビではアイドル花盛りですから、山口百恵もキャンディーズも郷ひろみも朝丘めぐみも、音楽としての興味はないけど、ヒット曲は一通り知ってました。

中学の時には何ヶ月かに一度買ってましたが、ロック雑誌は「ミュージック・ライフ」で十分(ここに表紙を出した号は買いました。ロキシー・ミュージックが好きだったわけでもないし、特集のビートルズが気になったわけでもないのに、なんでだろ)。「音楽専科」も買ったことがあるな。

高校になると、私はプログレに走り、ELP、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエスなどを経てフランス、ドイツ、イタリアのヨーロピアン祭りに入りますが、それでもラジオは聴いてましたし(タンジェリン・ドリームもクラフトワークもPFMもフォーカスも最初に聴いたのはラジオだったと思います)、テレビも観てましたから、邦楽、洋楽とも売れ線は一通り知ってはいました。

 

 

next_vivanon

(残り 874文字/全文: 3026文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ