感染したジャンキーの友だちが連絡を断った—もしHIVに感染していたら[4]-[ビバノン循環湯 605]-(松沢呉一)
「誰にこのことを伝えるか、誰に言ってはいけないか—もしHIVに感染していたら[3]」の続きです。
陽性者のシェアハウス
話すつもりはなかったのだが、馴染みの風俗嬢が扁桃腺炎の話を始めたため、私はお返しにHIV検査のことを話した。
「陰性で良かったよ。陽性だったら、会いに来られなくなるところだった。君は検査しているんだっけ?」
「定期的にしているよ。私、一度も性病をやったことがないんだよね」
「風俗嬢をやっているんだから、一度くらいクラミジアをやっておけよ。今度オレが感染したらうつしてあげるよ」
「やめてよ、いらないよ、そんなの。もうじき結婚するのにさ」
彼女には婚約者がいるのだ。
「私も今は検査する時はビビッたりしないけど、もし陽性だったらって考えると怖くなるよね。結婚だってできなくなるだろうし、子どもももう作れないもんね」
そう言いながらも、彼女は婚約者に黙って、こうやって働き続けている。この仕事が好きなのだ。
「いやー、こんなに怖かったのは久しぶりだよ。病気で死ぬことはまだよくて、そこから起きることが怖かった。だって、オレが陽性だったなんて気楽に人には言えないじゃん」
この事情を説明した。
「そうか、そうだよね。大変なことになっちゃうね。この店だって、お客さんが来なくなっちゃうよ」
「だから、3人くらいにしか言えないと思っていたんだよ」
彼女はその中に入れていない。こいつはしゃべりそうである。
「ひっどいー。そんなこと、しゃべんないよ」
「でも、自分が陰性だったら、しゃべりたくならないか。面白い話だろ」
「しゃべる相手がいないよ。だって、私も風俗をやっていることがバレちゃうじゃん」
「店のコにだったら言えるだろ」
「言わないって」
「でも、もしオレが陽性だって聞いたら、さすがにビビッたろ」
「こわー。検査に行くのが怖いよー」
「もし二人とも陽性だったら、婚約解消して、オレと一緒に住んで慰め合おうぜ」
「すごい展開。でも。その方が楽だよね」
彼女は私の提案にあっさり合意した。「イヤだよ」って言われなくてよかった。
※Hausbuch der Mendelschen Zwölfbrüderstiftung Band 2 (1550) 詳細がわからないですが、かさぶたをとりあっているようです。
友人のジャンキーがHIVに感染した
ここで彼女はエイズにまつわる怖い話を始めた。
彼女の友人で陽性がいるそうだ。どこの誰か特定できるくらいに具体的な話まで彼女は教えてくれたが、以下、詳しいことは伏せる。
「しゃべんないよー」と言っていたが、やっぱりこいつは私のこともしゃべりそうである。
「高校時代の友だちで、卒業してからは全然会ってなくて、電話で話していたのがいるんだけど、彼女は外人が大好きで、クスリも大好き。クスリのせいで、頭がちょっとおかしくなっていたと思うんだけど、セックスも大好きでさ。高校時代はそうでもなかったんだけどね。外人と結婚したんだけど、離婚して、また別の外人と結婚した。結婚していても、いろんな男とセックスをしまくっていたからね。ぜーんぶ外人だよ。ダンナの友だちでもすぐにセックスするし、初めて会った相手でもすぐにする」
そんな話を時々かかってくる電話で全部聞いていたそうだ。日常的につきあいのない相手だからこそすべてを告白できたのだろう。
「検査したら陽性だったって。そんな話を聞いたのは初めてだからビックリしちゃって」
私自身、もともとの知り合いが感染したというケースはひとつもない。感染して以降知り合いになった人たちばかりだ。
「その子は子どもがいるんだよ」
「誰の?」
「前のダンナの子ども。いつ感染したかわからないから、子どもが感染していたらどうしようって言ってた」
「妊娠した時は病院で血液検査があるけど、妊娠中もセックスしていたんだろ、どうせ」
「たぶん。頭、おかしいからね」
彼女は「頭、おかしい」というフレーズを何度も口にした。
「彼女としては二番目のダンナと結婚してから遊んでいた男が怪しいって言ってた。クラブで知り合った男で、それもジャンキーで、バイなんだって」
注射による感染じゃなくても、クスリをやっていると、体力や抵抗力が落ちるため、感染のリスクが高まるのである。ただし、この場合、彼女がその男を怪しいと思ったのは、ジャンキーでバイということによるものに過ぎない。この段階では、彼女の周りの人たちは検査をしていない人たちばかりのため、誰であってもおかしくはないのだ。
※Pinterestより 詳細不明
彼女は連絡を断った
生でやりまくっている男や女でも感染しないのはしない。具体的な行為の違いで決定しているかもしれないが、おそらくウイルスに対する感受性みたいなものが人によって違うのだと思う。そのジャンキーの彼女もやりまくっていたから感染した可能性があると同時に、感受性が高くて、すぐさま感染していたかもしれない。
「子どもが産まれる前に感染していたかもしれないよ」
「だったら子どもも感染しているんだよね」
「子宮内では感染しないけど、出産する時に破水して感染するみたいだね。最初からわかっていれば処置も可能だろうけどさ」
「生まれた時は大丈夫でも、そのあと子どもに感染しているかもしれないしね。オッパイからも感染することがあるんでしょ。どうしようって電話で聞かれたんだけど、私だってわかんないよ」
「今はクスリもよくなってきているから、すぐに病院に行けば親子とも死なないで済むよ」
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