経歴詐称と性別詐称の差を見極める—おっさんが若い女のふりをしていたことはどこまで非難されるべきか(下)-(松沢呉一)
「古塔つみについての疑問点—おっさんが若い女のふりをしていたことはどこまで非難されるべきか(上)」の続きです。
虚偽に付随する誤解の差
古塔つみにイラストを依頼した出版社、レコード会社、代理店、企業の宣伝部の人々は、電話でのやりとりもしたでしょうし、少なからぬ人が直接会っての顔合わせや打ち合わせもしているかと思います。つまり、おっさんであることはわかっていたはずです。「そんな嘘を言うイラストレーターとは仕事できません」と席を立って帰って来る人はまずいない。彼らもこれに対しては「やってもいいこと」と思っているわけです。
なぜやっていいことと思えるのかの理由がわからないまま、たしかに私も同じ立場だったら「ああ、そうなのか」と思うだけかもしれない。
その理由を考えていて、ひとつ気づいたのは、学歴の詐称と性別の詐称では、虚偽に付随して発生する「騙し」の質に違いがあることです。
前回、「学校でイラストなり美術なりを学んだことのないイラスタレーターが東京芸大卒と経歴詐称をしていた場合は非難されていいし、作品集が絶版処分にされてもやむを得ない」と書きましたが、ここでは「東京芸大を出ている以上、美術に対する造詣が深く、高い技術を持っている」という人々の評価を導き出します。「東京芸大出身だからすごい」と評価すること自体がいかがわしいとも言えますが、その議論はここでは無視するとして、そのような誤解をする人が出ることを前提とした詐称です。
対して性別の詐称は、そこまではっきりとした付随効果が期待できません。古塔つみは、そこに期待があるからこそ詐称したわけですけど、普遍性のある安定した効果はない。
学歴にせよ職歴にせよ、本人の努力や能力が反映されていますが、性別は自動的に付与されるものであり、ある程度の傾向はあるとしても、決定的な能力の裏付けにはならないってことではなかろうか。
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日本人がイタリア人と詐称することの是非
詐称によって名誉を傷つけられる個人や団体が存在するか否かという差もあります。
卒業大学を詐称する場合にも、実在の大学ではなく、「新潟県の三幸芸術大学煎餅学部を卒業」としていた場合は詐称の悪質さに違いが出てきます。架空の大学を卒業した、架空の美術コンテストで優勝したといった虚偽は、特定個人、特定団体の名誉を傷つけることはありません。そうする効果があまりないので、架空の大学卒業を詐称する人はほとんどいないでしょうけど。
性別の詐称も古塔つみによって広く女の価値が下げられたなんてことは言えない。名誉毀損同様に、特定個人、特定団体でなければ重い罪にはならないのです。
これについては「パオロ・マッツァリーノって誰だよ—女言葉の一世紀 97」も参考になりましょう。日本人がイタリア人になりすまして本を出していたとしたらどうなのか。
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