松沢呉一のビバノン・ライフ

中国の「白紙革命」に冷ややかな香港人と冷ややかな私—なんだか引っかかる中国の動き[上]-(松沢呉一)

 

香港ではさほど盛り上がらない白紙革命

 

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昨日の夜9時台だったかな。銭湯の脱衣場にあるテレビで、宮台真司が学内で刺されたというニュースが流れて驚きましたぜ。犯人は殺そうとしたようでもありますが、ともあれ生きているのは良かったなと。

その前に会っていた人にこんな話を聞きました。

「香港で民主化運動に関わっていた知人に聞いたら、今回の中国の騒動に対して、香港の人たちは冷めて見ているって言ってました」

香港でも当然厳しいゼロコロナ対策がなされていて、それに対する反発は起きてますし、白紙革命に連帯する動きもあります。

以下は台湾メディアの動画から(埋め込みができないのでリンク先に飛んでください)。

 

 

このSSのキャプションにある「多少次迎著冷眼與流嘲笑」は「幾たびも冷たい目で見られ、嘲笑された」みたいな意味で、この時に歌っている歌の歌詞かと思いますが、本土に向けての皮肉のようにも聞こえてしまいます。

こういった動きはありながら、民主化運動でかつて見られたような熱気はありませんし、規模も小さくて、せいぜい数十人程度のようです。

 

 

白紙を掲げる運動の始まりは香港

 

vivanon_sentence今回シンボルになったのは白い紙で、そこから「白紙抗争」(中国語の「抗争」は日本語の「闘争」に近い)や「白紙革命」という言葉が派生していますが、ロシアでも白紙をだして連行された人がいましたし、大規模にこれを始めたのは香港の人たちでした。2020年のことです。

香港での民主化闘争があらかた潰され、色とりどりのプラカードやフライヤーが香港を飾っていた時代が去ったことを象徴してました。それでも「我々は意思表示を続ける」という決意表明でありつつ、「もう何も言えなくなった」との悲しみや絶望や恐怖も込められていました。白旗みたいなもんです。

では、あの民主化運動の際に、本土の人たちは何をしたか。連帯する動きは皆無で、むしろ「外国勢力に操られている」だのと言って、中国人たちは世界中で妨害していたのですから、今更連帯する気になれないのは当然ではあります。

妨害していた共産党員やその手下みたいな連中と、今政府に楯突いている人たちとはイコールではないにせよ、どの層も冷淡であったのは同じです。

本土においても、その反省は起きていて、「やっと香港の人たちの気持ちがわかった」といった声が出ているようですが、ここまで至らないと自分のこととしてとらえられるようにならないのかと半ば呆れます。

 

 

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