松沢呉一のビバノン・ライフ

餓死するか溺死するか銃殺されるか—リビアの洪水と難民問題[下]-(松沢呉一)

イタリアのランペドゥーザ島に3日で7千人のチュニジア人が漂着—リビアの洪水と難民問題[中]」の続きです。

 

 

サウジアラビアの国境警備隊がエチオピア人数百名を虐殺

 

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リビアの洪水がなくても、今後いよいよヨーロッパに向かう人が増えます。それを指摘したものは見てないですが、リビアに集まる人が増えているのは、コロナによる経済停滞やインフレだけでなく、気候変動の影響もありそうです。

旱魃や洪水による農作物の不作により、農村地域が困窮するだけでなく、農作物の高騰で都市生活者の生活も困窮。小麦をウクライナから輸入しているアフリカ諸国はその点でも不安定になってます。

一ヶ月前に、ヒューマン・ライツ・ウォッチが、イエメンとの国境で、サウジアラビアの国境警備隊がエチオピア人数百名を虐殺したとの報告書「“They Fired on Us Like Rain” Saudi Arabian Mass Killings of Ethiopian Migrants at the Yemen-Saudi Border」を発表しています(2023年8月21日付)。

 

 

 

エチオピアからだと、ジブチを通って、紅海を渡ればイエメンです。そこから北上するコースです。彼らはヨーロッパを目指しているのでなく、サウジアラビアが最終目的地です。現在サウジアラビアには75万人のエチオピア人いるとのことです。

国境を越えようとするエチオピア人は次々と押し寄せており、2022年に国境に到着したエチオピア人は73,000人だったのが、今年は7月31日までに86,630人に達しています。リビアだけでなく、各地で違法入国者が増大しています。

そのため、国境を越えた人々に、サウジアラビアの国境警備隊が銃を乱射し、迫撃砲を打ち込んできます。

以前からその噂はあったのですが、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書は、イエメンからサウジアラビアに入国しようとした38人のエチオピア人とその親族や友人4名にインタビューし、動画や写真を集め、衛星写真で場所を特定し、少なくても数百人が虐殺されたことを明らかにしました。

例えば、入国しようとする側が騒いで、棒を手にして集団で襲ってくるといったことがあれば、威嚇射撃もやむなしですが、迫撃砲はいらんでしょうし、遺体はしばしば手や足を切断されています。なんのためかわからないですが、威嚇レベルではないことは明らかです。

✳︎「They Fired on Us Like Rain」表紙

 

 

戦争難民は2割から3割程度か

 

vivanon_sentenceエチオピア人と知って、すべて内戦による難民だと思ったのですが、そうではないようです。

この報告書では全員分の証言が出ているのではなく、かつ、虐殺がテーマなので、出国理由が出ているのは一部ですが、「紛争(conflict)から逃れて」となっているのは2名いて、いずれもティグレ出身者です。他にティグレ出身者は6名います。計8名。ティグレだと、貧困が直接の理由だとしても背景に内戦がありそうです。

ティグレ以外の出身は19名で、そのうち10名はオロミア州出身。オロモ人と中央政府(アムハラ人がほぼ支配)も対立していて、殺し合いは日常茶飯事で、武装ゲリラ集団であるオロモ解放戦線は殺害を繰り返しています。この辺を説明すると長くなるので、法律的にも文化的にも宗教的にも同性愛が許されない国—エチオピアについて知りたかったこと[4]」「オロモの歌手殺害を契機に数百名が死亡—ポストコロナのプロテスト[49]」辺りを参照してください。

しかし、そのことには誰も触れておらず、うち7名は「経済的問題」「良い仕事を求めて」「良い生活を求めて」「住む家がない」といった経済的事情を挙げています。これも、背景には不安定な政情が関係している可能性がありますが、はっきりと内戦を理由にしているのはティグレの2名、全体の2割から3割といったところです。

アムハラ出身が1名いますが、この人は殺された人々の友人で、19年間イエメン在住。違法に入国したのかどうかは不明。彼は友人らを弔うため、現地に行って撮影をしていて、少数ながらイエメン人の遺体も目撃。国境を越えようとしていたのか、人身売買業者のガイド役だったのかは不明。

他にアムハラ人がいないのは、エチオピアの支配層であるアムハラ人は都市生活者が多く、貧困層が少ないためではなかろうか。

✳︎法務省入国管理局が翻訳した英国内務省の資料から「エチオピア政治的地図

 

 

監禁、拷問、身代金要求、レイプの極悪組織

 

vivanon_sentenceジブチに入国する際、ジブチからイエメンのアデンに渡航する際、アデンからサーダまでの移動の際、サーダの難民キャンプから国境に向かう際のそれぞれで人身売買業者に金を払わなければならないので、金がないと国境まで行き着けない。

紅海を渡るのに2,000エチオピアブルかかったとあります。1エチオピアブルは2.7円。5,400円くらい。各所で同程度かかるとすると、自分で調達しなければならない食事代も含めて日本円で3万円は必要。

実際、金がなくて国境まで行き着けない人もいます。

 

 

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