「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

「木更津事件」から17年が経過して━━殺人事件を起こした実習生の「いま」

■東京入管からの電話

 今月(2023年12月)初めのことである。

 スマホの着信履歴に見慣れない電話番号が表示されていた。

 折り返し電話してみると、東京出入国在留管理局(東京入管)の代表番号につながった。自動音声が、用向きの担当部署はどこかと訊ねてくる。

 だれがどんな目的でかけてきたのか。当局なのか、それとも収容施設の被収容者が何か助けを求めて電話してきたのか。いずれにせよ、留守番電話に音声が残っているわけでもないので、私としてはどうすることもできない。もやもやした気持ちのまま、次の連絡を待つことにした。

 翌日、再び同じ番号から電話がかかってきた。今度はタイミングよく受話することができた。

 たどたどしい日本語が耳に飛び込んできた。明らかに外国人と思われるアクセントだった。

 「安田さんですか?」

 どこかで聞き覚えのある男性の声だ。

 そうだと伝えると、彼はこう続けた。

 「私はツイです。わかりますか?」

 ツイ……私が知っている「ツイ」といえば、限られている。

 私はおそるおそる訊ねた。

 「もしかして……あなたはツイ・ホンイー?」

 「そうです」

 やはりそうなのか! 声を耳にするのは何年ぶりだろう。

 彼は府中刑務所にいる受刑者のはずだった。それが東京入管から電話をかけている。

 ということは━━

 「中国に帰ることになりました」

 即座に彼が置かれた状況を理解した。

 刑期を終えた彼は一度東京入管に収容され、手続きが整い次第に強制送還となる。

 「早く帰りたいよね?」

 わたしがそう訊ねると「はい」と勢いよく返事があった。

 そうだろう。そうに違いない。

 入管被収容者の「強制送還」に抗議の声を上げ続けてきた私だが、彼に限っては一日も早く、生まれ育った町で家族と再会してもらいたかった。

 ともかく、すぐに東京入管に面会に行くことを伝えた。

 拘置所の面会室で初めて彼と出会った日のことを思い出した。脅えたような表情で私を見ていた彼を、いまでもはっきりと覚えている。

 あの日から17年が経過したのだ。

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