松沢呉一のビバノン・ライフ

西山哲治が報告する一世紀以上前の熾烈な共学・別学論争—女言葉の一世紀 133(松沢呉一)-3,383文字-

山田わかは今も生き続けている—女言葉の一世紀 132」の続きです。

西山哲治はもっと先に紹介する予定だったのですが、東京医科大の問題に関わって、女子大が男女の機会均等のために存在していると思い込んでいるらしき人がいるので、その間違いを明らかにする資料として先に出しておくことにしました。100パーセントの間違いとは言えないですが、おおむね間違いであることはまた別記事で説明します。西山哲治については著書をもっと読んでから改めて取り上げます。

 

 

西山哲治という教育者

 

vivanon_sentence

西山哲治著『悪教育之研究』(大正二年)という本があります。

著者の西山哲治は相当に面白い人物で、ざっと経歴を紹介しておきます。

明治十六年、兵庫県生まれ。裕福な養蚕家だった家が火災で全焼し、哲治は中学を一年で中退。苦労した後に師範学校を受けるが、身長が足りなくて入学できず、上京して東洋大学の前身である哲学館の中学予科生となり、明治三八年教育科を卒業。

教育家になるため海外で学ぶことを決意し、雑誌記者や辞書の編纂などをやって金を貯め、明治三九年渡米、研究者の秘書として働きながらニューヨーク大学に入学。やがては日本の文部省の嘱託で米国教育の調査をするようになり、同時にニューヨークでは日本についての講演をやるまでに。

ニューヨーク大学で教育学の博士号を取得して、帰国後は教育学関連の執筆をしながら、明治四五年私立帝国尋常小学校と幼稚園を巣鴨に創立。この時の生徒は三人のみだった。

西山哲治は英語教育を重視し、小学校一年生から英語の授業を実施。また、子供の個性を重視して、芸術と音楽教育に力を入れた。赤ん坊のコンテストである「赤ん坊審査会」を開いたり、人形の修繕をする「人形病院」を開設するなどの話題も提供。

帰国後も、文部省からたびたび米国の調査を依頼されており、日本における米国教育の第一人者として、著書多数。大正十五年、東洋大学教授に就任。

昭和十四年没。

著書をいくつか読んだのですが、相当に先進的な考え方をし、とくに大正時代にすでに「子供の権利」を提唱し、生徒たちの自治を重んじていた点は特筆すべきでしょう。

 

 

良妻賢母の学校は悪教育

 

vivanon_sentence悪教育之研究』は米国を手本として、日本の教育批判をしたものです。その批判対象のひとつが良妻賢母教育でした。タイトルにある「悪教育」として批判しているのです。

 

 

良妻賢母といふことは確かに婦人の天職の一つであるに相違ない。併し、女子と生れては千人が千人凡て結婚しなくてはならぬといふ道理もあるまい。世の中には随分身体や精神上の主義、家庭その他の事情で結婚の出来ない女子もある。斯ういふ婦人に向って、「汝は天職を無視すいざ来り天分を全うすべく結婚すべし」と強迫するのは余り女子の心事に同情のない無理な注文ではあるまいか。こんな考を持って居るから結婚万能病から離婚中毒などを病ふのである。

(略)実際のところ、良妻賢母主義の教育はその実質と内容が余り狭く制限された為めに多くの悪妻愚母をも輩出せしめたやうである。

 

 

結婚して子どもを産んで良妻賢母ができる人はそれでいいとして、全員が全員結婚しなければならないわけもなく、結婚できない人もいるのだから、その人たちのことを考えるべきである。という、控えめな批判なのですが、良妻賢母は時に悪妻愚母を生み出すというのですから、全国の女学校にケンカを売っているようなものです。さらには離婚中毒を生み出すのだと。離婚中毒って何かよくわからないですが、結婚がすべてであるとの考えから、今の不幸は離婚をすれば解消されると考える依存的な状態でしょうか。

以前書いたように、この時代に男女平等思想を説いていたのは文化学院の与謝野晶子のような例外はあれども、もっぱら男の教育家たちであり、その足を引っ張っていたのが女学校の女流教育家であった構造がここでも見られます。

著者にこうまで言わしめているのはやはり米国の教育を知っているからです。

 

 

女子教育をめぐる三分類

 

vivanon_sentenceこの本の中の第二十章「迷える女子教育と米国の女子教育」は今の時代に読んでも感心しないではいられません。

米国では州によって婦人参政権を実現し、社会進出を相当まで実現し、大学生の女子率はまだ2割程度ですが(それでも日本とは比較にならない)、中等教育ではすでに女子率の方が高くなっています。教員は大学まで含めて女の方が多いのです。

大学の男女同権実施についてはここまで四十年にわたって議論がなされてきたとしていて、以下の三派に分類しています。

 

 

(イ)積極派 均等教育説

(ロ)消極派 特殊教育説

(ハ)調和派 調和教育説

 

 

next_vivanon

(残り 1627文字/全文: 3605文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ