松沢呉一のビバノン・ライフ

セックスができて金ももらえて一挙両得—『街娼 実態とその手記』を検討する[6]-[ビバノン循環湯 516] (松沢呉一)

嫌なものは警察・MP・性病・社会の視線—『街娼 実態とその手記』を検討する[5]」の続きです。

 

 

 

ウソの方向

 

vivanon_sentence恋愛が破綻して「傷物」になった肉体だけが残され、自暴自棄になったケースもあります。

Wさん(19歳)は、高等女学校卒業後、病院の助手になり、医者との恋愛関係に落ちます。

[彼に処女を捧げました。その後五回くらい関係したのですが、その人の愛は何処へやら、結局私はだまされたのです][男性に対する復讐は、男達がいやしい肉欲を金で買って満足する下劣さにつけ込むことでした]

セックスしたくらいで、[だまされた]だの[男性に対する復讐]だのと言われてもワケがわからんでしょうが、処女ではなくなるということは、このくらい重大だった時代なのです。だからと言って日本ではつねにどこでもそうだったわけではなくて、その価値観は明治以降のキリスト教道徳の浸透、儒教教育の一般化によって徐々に拡大したものであり、ここにおいて大きな役割を果たしたのが女学校であり、戦時体制のもと完成したと言っていいかと思います。その煽りをくらったのがこの世代です。煽り

それに比べて今はいい時代ですよね。処女崇拝なんちゅうもんのくだらなさは、この一点を見ても明らかです。今でも矯風会は、こういう時代にこの社会を戻そうとしているんですよ。呆れけえるしかないですよね。

Wさんは、こうして人に紹介してもらった日本人男性を相手に売春をしますが、これでは復讐にならないことを知り、これ一回で終わりにします。

しかし、GIと警官がアパートに踏み込み、検挙されます。このアパートの前の住人がパンパンだったためなのですが、彼女は隣室の女性から買った外国タバコと石鹸をもっていたために連行。病院で検査をしたら、梅毒でした。初体験の相手の医者か、たった一回の売春で感染したことになります。梅毒は感染力がそんなには強くないですが、一回でも感染する時は感染します。

失恋の痛手余りに大きく、今は余り深く考えないことにしています

かわいそうですね。しかし、付記にはこうあります。

涙をためてのうらみ語ではあるが、不敵の面魂あり、長期入院者、他の女達に聴けば彼女は韓国人らしいとの事、そうすれば述懐は嘘か、真偽の程は不明

なんだよ。

彼女の話では自分は日本人ということだったので、そこにすでに嘘があり、すべてが嘘の可能性があるというわけです。敗戦前からいたのなら、「朝鮮人」と書くでしょうから、ここでの「韓国人」はおそらく戦後日本に渡ってきたことを指すのだろうと思われます。この当時、日本人でも身分証なんてもっていなかったでしょうから、検挙して入院させる場合でも身元確認まではしていないのではなかろうか。数が多いので、本籍地に問い合わせるなんて手間もかけていなかったのでしょう。

聴き取りをした人たちでも判断のしようがないくらいで、ましてそれを読んだだけでは何もわからないですが、悲惨な話、哀れな話の中にはウソが混じっている可能性が高いことだけは意識しておいた方がよさそうです。

これは当然のことで、少しでも自分の印象をよくしたいと思うものですし、ここでの「印象のよさ」は「かわいそうな女」「被害者としての女」ってことです。世間様はこういうのに弱いのであります。この根底にあるのは「女は望んで売春なんてしてはいけない」という道徳ですけど、それを自覚できる人は少なくて、そこにウソが成立する余地があります。

WILLIAM GOLDMAN Untitled, 1892 – 1900

 

 

虚言名人

 

vivanon_sentenceこういう場面ではウソはつきものってことでありまして、あからさまなウソ話をひとつ紹介しておきます。Xさん(22歳)は、M学校の学生。

二十日から試験も始まるし、理由なしにキャッチする警察を怨みます

20歳の時に鉄道員と同棲、流産。彼女は社長秘書になり、社長とも2,3回関係。以前の恋人が復員してきたので、彼とも関係。同棲した鉄道員は戦死。

しかし、これは昭和23年のことです。彼女が20歳になったのは戦後のはず、結婚も戦後のはずなので、鉄道員は戦争に行きようがない。その矛盾を問いただしたら、本当は24歳だと言い出したとの注釈があります。となると、学生ということも怪しくなってきます。

GIに英会話を習っていますが、その男とはセックスをしておらず、将来結婚することになっていると言い、淋病と診断されたのは病院のミスだと主張。当時の検査はミスが多かったのは事実のようですけど、付記にはこうあります。

容姿極めて端麗、服装立派、言語明晰、十二月三日に面接した時は、処女を強硬に主張し、警官の横暴を憤慨、然るに虚言をろうする名人である事判明。十二月七日再調査して以上の事を聴き取る。然し真偽の程不明。その後再三入院、梅毒+との事

処女で梅毒に感染していることもないわけではないけれども。

これも病的な虚言癖と見てしまいそうですが、病的なものだったら、自分自身が信じ切っているので、そう簡単に破綻するウソなど言いはしません。頭が切れるがために、売春をしていないとの言い逃れを次々やってしまうだけでしょう。こういうウソを彼女らが言うのは、実は売春生活を反省していないからでもあって、言い逃れをして早く仕事に復帰したいのであって、それほどおかしなことではありません。それを理解できない人達が、悪し様に言いたがるのです。もちろん、一方に病的なのがいるのも事実。いつの時代も同じ。

WILLIAM GOLDMAN Untitled, 1892 – 1900

 

 

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