誰のために口紅をつけ、誰のためにネクタイを締めるのか—唇が物語る[8]-(松沢呉一)
「あばずれが女性の発言権を拡大し、女性解放を実現した?—唇が物語る[7]」の続きです。
コールセンターでの服装、髪型、化粧
コールセンターでバイトしている知人がいまして、なんということもない世間話として職場の話を聞いたのですが、彼の話は「口紅問題」において大いに参考になることに気づきました。
コールセンターは管理する一部の人以外は全員時給のバイトであり、出勤時間がバラバラで、間断なく電話がかかってくるため、ダベる時間もなく、仕事が終わるととっとと帰るため、バイト同士の人間関係が薄く、そこでの気苦労みたいなものはほとんどないらしいのですが、それでも子どもじみた嫌がらせみたいなものはあるそうなので、どこのコールセンターか、これを話した人物が誰かが特定できるような話はすべてカットします。
私同様、彼は化粧や髪型、ファッションにさほど興味がないので、正確な把握をしているわけではないのですが、それでも職場ではそういうところが気になってきます。内面はなかなかわからないので、外面が気になるのかもしれない。
そのコールセンターでは服装の規定はとくになく、夏だったらTシャツ、短パンでもいいらしいのですが、実際にはそこまでラフな格好をする人はおらず、男だと少数ながらネクタイをしているのもいて、そうじゃなくてもジャケットを羽織っていたりします。会社員が一人で休日出勤して会社で仕事をしなければならない時に、自分以外出勤していないので、「ネクタイはしないけれど、ジャケットは着ていく」みたいな感じか。
検索してみたら、コールセンターはどこもだいたいそうみたいです。服装は自由だけれども、大半の人が堅苦しすぎない、ラフすぎない格好になる。
学生のバイトもいるし、中高年もいるので、層はバラバラですが、学生でもTシャツだけにはなりにくいのは、周りに合わせるためでしょう。
「毎日着替えている」という人ばかりではなくて、それなりにはピッチリとした同じ服装を連日着てくる人もいるし、カジュアルな格好ながら毎日替えてくる人たちもいます。
「この人はこう」といったように、なんとなく、そういう分類が彼の中でできています。
「女の人だと、毎日違うシャレた服を着てきて、どんだけ服を持っているんだと驚きますよ。長い人は時給が上がるとは言え、全員たいして変わらないのに」
夫が高給取りだったりして、自身のギャラは全部服に使っている人もいるんでしょうね。また、10年会社員をやってきた人で、体を壊してここに来たような人たちは、その10年間の間に着ていたものを引き続き着てくることが想像できます。たんなる習慣というだけでなく、近所の手前、急に格好を変えられないということもありそうです。
また、人によっては私的利用でも公共交通機関に乗る場合はよそ行きになる人もいますから、その格好は「職場までどうやって行くのか」にも左右されます。
※この話を聞いた飲み屋に、サッポロビールやキンミヤ焼酎のポスターが貼られていました。このポスターも戦後のものでしょうが、女子大生イメージですかね。女子大生イメージを偽装した飲み屋の女か。この格好ならコールセンターでも働けます。
儀式としての衣装・化粧
この中での恋愛関係、不倫関係もどうしたって生じるでしょうが、共同作業がなく、出勤時間はバラバラなので、「仕事のあとで食事に行く」という行動にはなりにくい。席も固定されていないので、バイト同士の交流は作られにくい。人間関係の薄さが魅力で働いている人たちも多いでしょうから、職場を出たところで話しかけても無視されそうです。
電話で接客はしていても、姿が見えるわけではないので、化粧は不要ですが、しっかり化粧している人たちもいます。今は全員マスクを最初から最後までつけているので、口元はわからないですが。
これは誰のためか。
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