佐渡金山は世界遺産にふさわしいのか(2)
■観光客低迷、過疎化で揺れる離島の躊躇
称光寺住職・林道夫さんの話を聞き終えた私たちが次に向かったのは、日本キリスト教団・佐渡教会だ。
同教会の牧師、荒井眞理さんは現職の佐渡市議でもある。また、前述した林さんとは、ともに朝鮮人労働者の調査に関わった、いわば宗教の壁を超えた同志の関係だ。
教会の礼拝堂に隣接する荒井さんの事務所で話をうかがった。
日本キリスト教団・佐渡教会
世界遺産登録の推薦をどう思いますか──私たちがそう訊ねると、荒井さんは、地元の反応が「歓迎一色とは言えない」としたうえで次のように話した。
「はっきりとした意思表示をしないといわれる佐渡の人々ですが、こと世界遺産の問題になると、明確に否定的なことを述べる人が多いような気もするんです。世界遺産に登録されたら地元は大変だよと、堂々と口にする人もいるのですから」
最大の理由は、国や行政が喧伝する「地域活性化」への疑念、そして地域の財政負担だ。
「地元の人たちにとっては、金山の風景が“当たり前“になりすぎて、そもそも世界遺産としての価値を疑問に思う人もいるんですね。世界中の人に『ぜひ見に来てください』と呼びかけることへの自信がないのかもしれない。だって、確かにこれまでも金山は佐渡観光の目玉の一つに位置付けられていましたが、観光客を充分に惹きつけてきたかというと、実はそれほどでもない。観光客の低迷が続き、実際、金山のある相川地区は過疎化も進んで寂れる一方です」
最盛期には約20軒もあった相川地区の土産物店は、昨年、最後まで残って営業を続けてきた1軒が廃業した。もはや観光客相手の土産物店は相川に存在しない。コロナ禍という事情も加わり、ここ数年は大型ホテルの廃業も相次いだ。2019年に老舗の「ホテル東宝」が、今年に入ってからも島内最大規模の「両津やまきホテル」が事業を停止している。
「本当に世界遺産となるほどの魅力があるならば、これまでにも多くの人が足を運んでくれたはずじゃないか、ということですかね」
仮に世界遺産登録を果たすことができても観光需要は最初のうちだけで、数年後にはまた衰退の道を歩むことになるのは目に見えている──そうした冷ややかな声も市内では目立つという。市議会も冷静だ。世界遺産の推薦によって、佐渡全体がが興奮と熱気に包まれているとは言い難いようだ。
佐渡市議会議員・荒井眞理さん
財政面での不安を指摘する声も強い。
「要するに、いまを生きている人間のためにこそ金を使ってほしいと、そう話す人もたくさんおられます」
市や県はこれまでにも相当な予算を金山のために費やしてきた。世界遺産ともなれば、維持管理の経費もばかにならないはずだ。国からの補助があったとしても、遺産の保存という義務がある以上、地元自治体も相応の負担を覚悟せねばなるまい。
「観光客ばかりか人口減少も続くなかで、果たして世界遺産は地元にどんな利益をもたらすのか。私自身もまた、登録すべきだと言い切るだけの自信が持てないのです」
人口はすでに5万人を切った。住民の高齢化も進む。世界遺産は住民が共有すべき財産となるのか。 「祝」の文字がやたらと目立つフェリーターミナルを除けば、街中に流れる空気はどこか重たい。商店街もシャッターを閉じた店が目立つ。少なくとも世界遺産に対する期待は、街の風景には反映されていない。
そこに加えて、近現代史から切り離した推薦の中身についても荒井さんは疑問を感じるという。
「世界遺産として推薦すべき時代を江戸時代までに限定しています。つまり近現代は含まれていないのだから、徴用工などの問題に言及する必要もないということなんですよね。しかし時代を切り取ったところで、誇ることのできる話ばかりではありません。たとえば江戸時代だってキリシタンが過酷な坑内労働に従事させられたことは知られています。弾圧を恐れたキリシタンは鉱山で働くことによって命の保証を受けていたのですが、キリシタン狩りの時代に入ると、結局は殺されてしまいました」
佐渡の山間部にある「キリシタン塚」。
キリシタン塚に設置された案内板
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