佐野眞一さんのこと
見知らぬ町で、私たちはひたすら歩き回った。
夕陽が沈む。黄昏が消えていく。遠くに見える山の稜線は輪郭をなくし、夕闇が周囲の風景を覆い隠す。
「もう帰りましょう」と喉元まで出かかってはいるのだが、佐野眞一さんの巨体は私のはるか先を急いでいる。
何もそんなに急がなくてもいいのに。
その頃の佐野さんは取材を簡単に諦めるような人じゃなかった。そして、せっかちだった。
何度、一緒に地方都市を回ったことだろう。関係者を探し求めて、ひたすら家のドアを叩き続けた。
「安田君、もう一軒、当たってみようか」
はいはい、そうおっしゃるのならば。
もう一軒。そこがダメならもう一軒。不在でも、断られても、結局、聞き込みは終わらない。「もう一軒」は延々と続く。
ノンフィクションライターとは、こうしてしんどい作業を繰り返すしかないのだと、私は佐野さんのいかつい背中を追いかけながら学んだ。ときに、その背中に向けて舌打ちと悪罵をこっそりぶつけてはいたけれど。
佐野さんは一流の「人たらし」でもあった。
私なんぞは記者時代の癖が抜けず、いまでも言葉を奪い取るような取材を続けているが、昔の佐野さんは違った。取材相手が大物政治家であろうが、町のチンピラであろうが、図々しいくらいに懐へ飛び込み、気が付けば家に上がり込んで一緒に酒を酌み交わしているような場面を、幾度となく目にしている。
巨体を揺らし、まるでキャッチセールスのように人を選ばず声をかけ、取材がうまくいってもいかなくても、飲み屋で大酒を食らってから一日を終える佐野さんの姿を、私は忘れることができない。
佐野さんと知り合ったのは20年以上も前のことだ。私はスキャンダルを売り物とする週刊誌の記者だった。
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