久保憲司のロック・エンサイクロペディア

スフィアン・スティーヴンス 『シュッド・ハヴ・ノウン・ベター』・・・ 映画『君の名前で僕を呼んで』でこの曲が流れた時の衝撃といったらありませんでした (久保憲司)

 

今、世界で一番美しい歌と言えば、スフィアン・スティーヴンスの『シュッド・ハヴ・ノウン・ベター』でしょう。美しいというか、この曲が流れてきただけで自分の全ての感情が湧き上がる気持ち良さというか悪さです。映画『君の名前で僕を呼んで』でこの曲が流れた時の衝撃といったらありませんでした。

不思議なのは『君の名前で僕を呼んで』は80年代のヨーロッパの一夏のことを回想した映画なのに、突然現在の曲がかかるのです。

主人公の男の子とその子が恋をするアメリカの男子大学生が、夜中イタリアの郊外の街を酔っ払って歩いていたら、地元の不良たちがカー・ステレオでサイケデリック・ファーズの『ラブ・マイ・ウェイ』をかけて踊っているところに出くわし、「(君たちはよく分かっている、そうなんだよ)サイケデリック・ファーズは神だ。去年の夏、僕はサイケデリック・ファーズのライブをNYで見たんだよ」と叫びながら突っ込んでいって踊るのです。主人公の男の子はこんな奴らと仲良くしたらあかんでという不安そうな顔をするのです。そりゃそうだ、こいつら日本で言うたらヤンキーですからね。“君はNYのインテリで、サイケデリック・ファーズが好きかもしれんけど、こいつらがサイケデリック・ファーズを好きなのは違う理由だから、こいつらただドラッグやってトブための音楽として聴いているだけだから、こんな奴らと関わったらいい事なんかないよ”と言うシーンです。映画を見ていた人たちはきっと「何じゃこれは」と思ったことでしょう。でも、僕はむっちゃ分かると思っていたのです。

まずやっぱりヨーロッパのオレンジ色の街灯に照らされた夏の夜は美しいのです。その中で遊ぶイタリアの若者たちの格好良さと行ったらないです。ペット・ショップ・ボーイズの『サーバービア』の世界、もしくはアーケイド・ファイヤーの名盤『The Suburbs』の世界です。イタリアン・カジュアル(フレンチ・カジュアルでもいいんですけど)に身を包んだ若者たち、この子たちは、この後すぐにアシッド・ハウスに影響を与えていくのです。

『君の名前で僕を呼んで』もディスコのシーンがありました。野外ディスコだったんですけど、覚えておられますか?ヨーロッパの郊外の夏のディスコは野外なんです。雨が降らないので、外で出来るわけです。日本の夏みたいに雨なんか降らないのです。だからこの当時のイタリアとかスペインのディスコは天井がなかったのです。とんでもない開放感でやっていたわけです。ちょうどこの頃、夏にはヨーロッパに旅行に行くみたいな洒落たことをしだしたイギリスの労働者階級の若者たちはこれを見て、なんじゃこりゃとびっくらこいたわけです。僕もクラブのオーナーに「雨振ったら、どうするの」ってきいたら、「それはそれでいいじゃないか、雨の中踊るんだよ」と洒落たことを言うのです。さすがヒッピー時代にちょっとだけ流行った泡ディスコを今も永遠にやり続けている人たちは違うなと思いました。この人たちは永遠にヒッピーなんでしょう。

この後、イビサでは、小さな箱が天井がないクラブは違法という法律を作って、全てのクラブには天井をつける事が義務つけられました。そりゃみんな開放感のあるクラブに行きますよよね、小さなクラブは天井がなかった大きなクラブに客を全部とられてしまいます。今もイタリアのリミネとかに行けば、天井のないクラブとかが主流じゃないでしょうか?もう何十年もリミネに行ってないので、今どうなっているのか分からないのですが。

スフィアン・スティーヴンス、『君の名前で僕を呼んで』、サイケデリック・ファーズからヨーロッパのクラブの話になってしまいました。『君の名前で僕を呼んで』、サイケデリック・ファーズに話を戻しますと、あそこでキュアーでもなく、エコー&ザ・バニーメンでもなくサイケデリック・ファーズを掛けたセンスの良さに屈服しました。当時ヨーロッパだったら、デヴィッド・ボウイだったような気もするんですけどね、そうレオス・カラックスの『汚れた血』で主人公がデヴィッド・ボウイの『モダーン・ラブ』に合わせてパリの夜を疾走するあの感じです。

この後、アメリカ人もイギリスの今でもいうオルタナティヴな音楽が好きなんだと言うことを証明した映画『プリティ・イン・ピンク』で大ブレイクするサイケデリック・ファーズを使ったのは(しかも映画『プリティ・イン・ピンク』以前の曲、サイケデリック・ファーズの「プリティ・イン・ピンク」も以前の曲なんですけどね。ややこしくってすいません。簡単に言うとアメリカのレコード会社はアメリカの映画界よりも何年も遅れていたというか、アメリカの若者たちが本当にどんな音楽を聴いていたのか全く理解していなかったのです)、よく分かっているなと。

 

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tags: The Psychedelic Furs

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