久保憲司のロック・エンサイクロペディア

ザ・クランプス『スメル・オブ・フィーメイル』 アメリカが忘れようとした50年代のロックンロールの狂気と夢がシューゲイザーの一番の哲学

 

シューゲイザーの一番のルーツはなんだというのがよく議論されていますが、それは間違いなくザ・クランプスです。

パンクが終わって、イアン・カーチスが亡くなって、ヨーロッパが米ソの核戦争の戦場になるかもしれないとみんなが怯え、金融政策という理論がトンデモと思われ、緊縮して、規制緩和してトリクルダウンしか経済を救う道はないと思われていいた80年代、そんな暗いヨーロッパを盛り上げてくれていたバンドがアメリカのザ・クランプスでした。

そんなザ・クランプスなのですけど、彼ら自身も問題を抱えていました。レコード会社と揉めていて、レコードを作れなかったのです。だから彼らは生きていくためにライブをするしかなかった。プロモーションするレコードもない、レコード会社にわずらわされることもなく、とにかくライブに集中する。だからこそ彼らは孤高のライブ・バンドとなったのです。

いやー、あの頃の彼らをみなさんにみせてあげたい。どれだけすごかったか。今のバンドと比較すると……いやーいない。この黄金期のライブ映像が残っていないのが残念です。

日本では精神病院でライブするようなキワモノ・バンドと思われているのが悲しい。こちらはYouTubeで見れるんじゃないですかね。

黄金期の映像は残っていないのですけど、音源は残っています。所属のレコード会社からスタジオ録音は他のレコード会社から出せないと差し止めを食らっていたのですが、ライブ盤は出せました。それが『スメル・オブ・フィーメイル』です。このレコードをみんな聴いて「なんじゃこりゃ精神病院でライブするキワモノ・バンドじゃないの」と理解したのです。

そして、パンカビリー、サイコビリーが誕生したのです。もちろんその誕生はザ・クランプスがデビュー・アルバム『ソングス・ザ・ロード・トオゥト・アス』をリリースした時からありました。しかし『神が教えてくれた歌』ってすごいタイトルですな。

 

 

でもまさにそういう歌なので、ポップスとして残ったロックンロールじゃなく、忘れ去られたロックンロール、しかしこれこそが本当のアメリカだと教えてくれるようなワイルドな曲、真実の曲、ジョン・ウォーターズやデヴィッド・リンチの映画が伝えようとしているもの、それを彼らやっているのです。しかもベース抜きで。ギターが二人という特殊な編成、ベースがいないのに彼らのサウンドはとてもヘヴィーです。そんな彼らのウォール・オブ・サウンドのノイズこそが後のシューゲイザーと呼ばれ音楽の原型となったのです。

もちろんその原型はラモーンズかもしれませんが、シューゲイザーの持つドリーミーなサウンドの原型とはザ・クランプスのリヴァーヴとファズでグシャグシャになったサウンドなのです。そして、歪なドンドコ・ビート。

アメリカの狂気、50年代に忘れられたアメリカのロックンロールの本質、華やかさに隠れ、強大な国家アメリカの片隅で忘れ去られ、どんどん狂気を生んでいったアメリカの本質、人間の本当の姿、それを見抜き、これがアメリカだ、これが本当の俺たちの姿だと表現したのがザ・クランプスです。それはイギリスではゴスという音楽に受け継がれ、そして変容して、ジーザス・&ザ・メリーチェインに受け継がれていったのです。

 

 

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tags: Einstürzende Neubauten My Bloody Valentine shoegazer The Cramps The Jesus and Mary Chain

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