松沢呉一のビバノン・ライフ

歳をとると涙もろくなるのはなぜか—公開から6年経って観たアニメ「聲の形」[1]-(松沢呉一)

古いパソコンをくれた人がいまして、やっとタグ付けや図版の添付ができるようになりました。Windowsなので、使い勝手がよくわからんのですが、なんとかなってます。ただ、これも古いので、そんなにはもたないかもしれない。

では、今回からは夏休みの間に観続けていたアニメについです。

 

 

なぜこうも泣くようになったのか

 

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歳をとると涙もろくなる」とよく言われます。まさに私がそうです。

知人が亡くなって泣くのは歳に関係がない。むしろ若い頃の方が死に慣れていなかった分、衝撃が大きく、何日も泣いたことがあります。

泣き方に違いがあるかもしれないですが、泣ける映画や小説で泣くのも歳とは関係があまりないように思います。

しかし、若い頃だったら決して泣かなかったようなことで泣きます。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻があってから、毎日のように私は泣いていました。劇場や駅に対する爆撃で子どもたちが死んだと聞いて泣く。悲しいだけでなく、悔しくても泣く。腹が立っても泣く。それに対して闘うウクライナ人の姿でも泣く。圧政の中で反戦活動をするロシア人たちの姿でも泣く。

こんな泣き方は若い頃にはなかったように記憶します。たとえばベトナム戦争の時代は、リアルタイムに情報が流れてくるわけではなかったですし、ベトナムは遠いどこかでしかなく、当時のベトナムより現在のウクライナの方が近く、その差があるため、比較は難しいですけど、まとまったドキュメンタリーでも観ない限り、泣くことはなかったんじゃなかろうか。

「若い頃より感受性が高まった」なんてことはありそうになく、それよりこらえることができなくなったと考えた方がいいのだろうと思うのですが、「若い頃は泣くのをこらえていたから泣かなかった」ってこともなさそうです。

どうしてこうなったのかを、自身をサンプルにぼんやりと考えていました、夏休みに入った時に、このことにちゃんと取り組んでみようかなと思い立ちました。思い立って着手するほどのことではないかと思いますが、どうでもいいことだけに思い立たないと一生着手しそうにない。

 

 

2016年のアニメ「聲の形」で泣くことにした

 

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とりあえず泣いてみたいのですが、最近ウクライナ関係では泣くことがなくなっています。私の中でも新鮮さがなくなってきているかもしれない、

若い頃からフィクションでは泣きやすい傾向はあったので、変化を見極めにくいのですが、「泣けるアニメ」で検索したら、いっぱい出てきました。

以下はスペイン語版「泣けるアニメ・トップ10」。

 

 

1位は「火垂るの墓」、2位は「聲の形」、3位は「君の名は。」。10本のうち、観たことがことがあるのは「火垂るの墓」と「千年女優」の2本だけ。「火垂るの墓」が泣けるのは当たり前。ウクライナの子どもが爆撃で死んだ報道を観て泣くのと同じ。「千年女優」は泣いた記憶なし。

ここは順当に2位の「聲の形」を観ることにしました。タイトルはぼんやりと知っているだけで、内容はまったく知らない。2016年の作品で、「君の名は。」が大ヒットしたために、「聲の形」はその影に隠れてしまった感があって、国内外でこちらの方を評価する人たちが少なくないようです。

私がタイトルをぼんやり知っているのは京アニ放火事件の関係で見かけたのではなかろうか。

さっそく観てボロボロ泣きました。

 

 

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