松沢呉一のビバノン・ライフ

社会事業に関わる個人や団体が噓をついてはならない理由—善人・聖人・正義の人を装う悪人たち[海外編5]-(松沢呉一)

ソマリー・マムを利用し、噓を拡散した人々—善人・聖人・正義の人を装う悪人たち[海外編4]」の続きです。

 

 

「噓はたいした問題ではない」と語る元夫の噓

 

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ソマリー・マムの話は前回で終わって、あとは他の話を合わせて、「悪人たちの噓」についてもう少し考察しようと思っていたのですが、ソマリー・マムだけでも十分に1本になりそうなので、とっととまとめました。

 

2014年10月9日付「The World」のインタビューで、ソマリー・マムの元夫ピエール・ルグロスはソマリー・マムの噓を暴いておきながら、噓はたいした問題ではないと言ってます。それよりも「(自分が離婚して以降の)施設内で職員たちが収容者にセックスを迫った」といった事実の方が重大なのだと。

虚偽と知りつつ、活動をともにしてきた自分を正当化する言葉だろうと思います。「だったら、ソマリー・マムの噓を暴いてんじゃねえよ」と言いたくなりますが、自分を守りつつ、良心の呵責に耐え切れなくなったのか、ソマリー・マムに対する恨みがあるのか。

現にその場にいたピエール・ルグロスとしては、ソマリー・マムの噓をさしたる問題と考えていなかったのでしょう。金が入ってくるしよ。寝坊して遅刻した時に「電車が遅れた」といった噓を言うのと変わらない程度に罪悪感がなかったのだと思います。今の時代はすぐさまスマホで検索されて、「松沢さん、山手線が遅れたって話はどこにも出てないですよ」と突っ込まれて、初めて恥ずかしい思いをするようなもんで、今になって恥じているのだろうと想像しています。

※アルジャジーラの「Truth or Lies: Somaly Mam」よりピエール・ルグロス

 

 

ソマリー・マムの噓が招いたさまざまな悪影響

 

vivanon_sentence噓はダメです。「噓はダメ」って小学生レベルの話ですが、ここまで書いてきたように、この常識は金や名誉のため、あるいは自分のミスをごまかすために、簡単に覆されます。また、最初から噓をつくことに罪悪感が生じない人が実在します。そのため、いたるところに噓が発生します。

だからこそ、選挙の際の虚偽公表は公選法で禁じられているのですし、新井祥子・元草津町議のように、虚偽で告訴することも法で禁じられ、虚偽で誹謗中傷すれば名誉毀損になります。

遅刻した時に「電車が遅れた」と噓を言うことまでは罰せられないですけど、公的な活動をやっている団体や個人が噓をつくのはアウトです。「誇張・虚偽・不正会計でソマリー・マムは不動産を買い漁った—善人・聖人・正義の人を装う悪人たち[海外編3」にも書いたように、そういう団体や個人には警戒した方がいい。

ソマリー・マムの噓は悪影響があったはずです。すでにカンボジア政府や諸団体の活動によって、人身売買は大きく減少していたのに対して、ソマリー・マムの噓はそれを否定することになり、政府や警察への不信感を広げ、彼らが対策をとろうにも国民の協力を得られなくなりかねない。解決してしまったら、金が得られなくなるので、ソマリー・マムとしてはその方がいいんでしょうけどね。

国外においては「野蛮な国、カンボジア」というイメージを拡散したでしょう。

また、ソマリー・マムの噓によって、本来有効に使われるべき金が不動産と化しました。捏造された被害者であるミース・ラサは、親が7人の子どもを育てられずにソマリー・マムの施設に預けられました。貧困を解消しないと、こういう子どもは後を絶たない。

しかし、貧困をなくすことは容易ではなく、そういった人々にとって必要なのは貧困を加速させる多産を抑制することです。ミース・ラサんちも子どもが2人か3人だったらきっと育てられたのです。ミース・ラサは生まれなかったかもしれないけれど。

だから、DKTやPSIのようなNGOがアジアやアフリカ、中南米の各国で避妊を指導し、IUD等の施術を勧めています。この両団体も寄付を集めていますから、ソマリー・マムに寄付するなら、こっちに寄付した方がはるかに有意義です。これらの活動も容易ではなく、そういった地域に残る「子どもは多ければ多いほどいい」という多産信仰を切り崩さなければならないので、長い年月を必要としますが、必要不可欠な事業です。

 

DKTインターナショナルのサイトより。ベトナム、タイ、ミャンマーでは活動しているのに、カンボジアでは活動していないようです

 

 

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