松沢呉一のビバノン・ライフ

スウェーデン方式を模倣してはいけないとの警告を無視したフランスで起きたこと—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編7]-(松沢呉一)

フランス買春者処罰法案とそれに対する研究者・フェミニスト・メディアの批判—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編6]」の続きです。

 

 

英国の研究者による警告

 

vivanon_sentence2013年10月10 日、大臣経験のあるマリー=ジョージ ・ビュッフェ(Marie-George Buffet)、ユゲット・ ベロ(Huguette Bello)のふたりの共産党女性議員は、新しい法案を提出しました。 同じ日に、ブルーノ・ル・ルー(Bruno Le Roux)とモード・オリヴィエ(Maud Olivier)らも、新しい法案を提出しています。ブルーノ・ル・ルーはのちに内務大臣になる社会党の議員。モード・オリヴィエも社会党員ですが、この時は議員ではなかったよう。

このふたつの法案はいずれも2011年の法案同様、買春者に罰金刑を科す内容が含まれていました。同日に提出されたのはなにかしらの計算があったのだと思われますが、事情が書かれたものは見当たらず。

このふたつの法案を調整して、国民議会(下院)はこれを承認しますが、元老院(上院)は批判の多い買春者の罰則を削除して、主として消極的勧誘(サルコジ法はいったん廃止されていたよう)を復活させ、また、ポン引きに対する規制強化をする内容のものとして国民議会に戻します。ところが、国民議会は再度同規定を復活させて、2015年6月、元老院はこれを可決して成立します。

内容はさして変わらないものになっていたのに、最初の法案から4年半もかかったのは、それだけ反対論、慎重論が強かったためですが、反対が強かったのは当然で、スウェーデン (1999)から始まって、フィンランド(2006)、ノルウェー (2008)、アイスランド (2009)の先行例はいずれも問題を多く含んでいたとの報告が出ていて、フランスだけが成功する根拠などあり得ませんでした。

例えば法案可決の前年である2014年に学術書として出版されたJay Levy『Criminalising the Purchase of Sex—Lessons from Sweden(セックスの購入を犯罪化する: スウェーデンからの教訓)』は、ロンドンのNGOに勤務しながら、セックスワークやドラッグ、ジェンダーなどについての研究を続けている著者が数年にわたってスウェーデンで調査した結果をまとめたものです。

私は読んでないですが(邦訳を出して欲しい)、本書の紹介文や書評を読むと、各国が模倣したスウェーデン方式は失敗しており、模倣してはいない法であると結論づけています。

私が重要だと思ったジェイ・レヴィの指摘は、スウェーデン方式は、廃止論者が望むセックスワーカーのみを救済するものであるという点です。つまり、仕事を辞めてセックスワークを否定する者たちのみが対象であり、仕事をし続けたい、あるいは仕事を続けるしかないセックスワーカーに対する救済は用意されておらず、「こんな仕事を続ける女たち」への蔑視を強化したと見なしています。廃止論者はこの道徳に基づいていますから、法にもそれが顕著に表れただけのことです。

 

 

買春者処罰の成立における不可解な点

 

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先行例があったにもかかわらず、また、STRASSを筆頭とした諸団体、メディアや研究者たちの強い批判があったにもかかわらず、さらには世論調査でも4人に1人しか賛成していなかったにもかかわらず、法案が通ってしまったのはなぜか。

法案が可決されたことを報じる2015年6月12日付「ルモンド」によると、どうやらこの法案を通そうとする勢力の詐術めいた作戦があったようで、国民議会で買春者処罰を復活させたことが「議員にはあまり知られていなかった」とあります。そんなバカなことがあっていいのかと思うところですが、買春者処罰は、法案の一部だったため、関心の薄い議員たちは見抜けなかったようで、「買春者処罰を外したんだったらいいか」になってしまった模様。

数字を確認できなかったのですが、法案が通った当時、棄権した議員が多かったという話も出てました。票が減ることや批判が来ることを恐れて、賛成も反対も姿勢を明らかにしない議員が多く、議論にも積極的に参加しようとしなかったため、党を挙げて法案を通そうとする共産党や社会党が相対的に強くなったのだと。こういう場合は異論を認めない党が強い。

※2015年6月12日付「ルモンド」 写真はこの前週に行われたセックスワーカーたちの抗議行動

 

 

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