松沢呉一のビバノン・ライフ

リブの時代のフェミニストが売防法を批判していたのは仁藤夢乃と真逆の立場から—仁藤夢乃の発言は信用できない[10]-(松沢呉一)

吉原のソープランド殺人事件を持論に利用するあざとさ—仁藤夢乃の発言は信用できない[9]」の続きです。

 

 

売防法は道徳を守るための法律

 

vivanon_sentence前回書いたように、「売春」という言葉が差別的という仁藤夢乃の主張は理解ができません。むしろ、彼女が好んで使う「体を売る」「女を買う」といった表現こそがミソジニーであるというフェミニストたちの指摘の方がはるかに私は納得できます。現にそんなもんを売ってないし、買ってないわけですから、

そんな指摘を読む前から、これらの言葉に私は違和感を表明してました。各言語で慣用的に使用されている言葉ですから、ことさらに「差別だ」と他者を攻撃する道具にするような真似はしませんが、意識はしておいていいんじゃないでしょうか。

もともと蔑称ではないがゆえに売防法では「売春」という言葉が選択されながらも、時代を経るごとに差別的な用法が出てくるようになったのは事実でしょう。たとえば、金のない恋人を捨てて、金のある男のもとに走った女に対して、「おまえは売春婦だ」といった言葉を投げつけるようなことです。

昔で言えば、熱海の海岸で、貫一がお宮に言い放った「売女」という言葉と同様です。あれは『金色夜叉』の原作にはなく、芝居や講談で脚色されたものに出てくるセリフですけど、あの小説は、巌谷小波を振って、金持ちと結婚した恋人との実話をもとにして尾崎紅葉が創作したものです、法的な定義では売春ではないですが、金で結婚相手を選択することを売春に例えるのはそう間違っていないかもしれない。

では、なぜこれは法で禁止されないのかと言えば、「愛があるから結婚しました」と言えばそれまでであり、内面については知りようがないってこともありますが、結婚は道徳に合致しているからです。対して売春は道徳に反する。両者は表裏一体の関係にあります。

たとえば不倫も道徳に反し、戦前は姦通罪がありましたが、戦後廃止されて、民事での解決となりました。たしか矯風会は戦後になっても両罰の姦通罪を求めていたはずです。道徳団体ですから。

しかし、売春に関しては不倫以外では民事での解決ができないこともあってか、売防法が制定されました。

宗教道徳の団体が売春を禁じたがるのはわかります。しかし、すでに取り上げたように、人権だの生命だのを根拠にして売春を否定するのは無理があることは「Decriminalizing prostitution could reduce sexual violence and STD transmission」が指摘していた通り。自己決定ができない年齢のみ禁止にすればいいだけ。

韓国の性売買特別法が性犯罪を増加させ、労働環境を悪化させ、性感染症の対策を困難にしているにもかかわらず、これを支持する人々がいることの根拠は道徳です。

※2014年7月15日付「Vox」  「Decriminalizing prostitution could reduce sexual violence and STD transmission」の執筆者に取材しています。セックスワークを非犯罪化したこと(屋内のセックスワークのみ)によって性犯罪(レイプ)が31%減少した理由についての仮説もいくつか述べています。そのひとつは屋内のセックスワークが非犯罪化されたことによって、危険にさらされやすい街娼たちが室内に移動したというもの。日本において店舗型より非店舗型の方が危険が高く、さらに危険が高いのは街娼です。この記事も結論が出ているのに実現されないのは道徳があるためであると指摘していのす。

 

 

宗教道徳と同じ主張をする仁藤夢乃

 

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売防法もまた道徳に基いて制定された法律であり、そこに女を抑圧する道徳が反映されていることをもって、1970年代にはその点が差別的であると批判するフェミニストがいました。リブの時代のフェミニストです。言葉の問題ではなく、法律の趣旨の問題です。

売防法第一条にこう書かれています。

 

第一条 この法律は、売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることにかんがみ、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによつて、売春の防止を図ることを目的とする。

 

性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずる」とあり、たとえば不純異性交遊をするような女子は補導および保護更生の対象とする点において、差別性を感じ取るのは理解できます。

売防法の制定には、矯風会や救世軍のようなキリスト教系団体が関与したわけですが、彼らのようなタイプのキリスト教にとって、売防法の価値観は信仰と合致しています。なおかつ、彼らは婦人相談所や更生施設で利権を得ました。

婦人相談員の兼松左知子による著書『閉じられた履歴書』については長文の批判を出しましたが、兼松左知子もクリスチャンです。

この本の中に「売春もどき」という言葉が出ています。23歳の女が、金をもらわず、さまざまな男とのセックスを繰り返していることを「売春もどき」としています。食事代やホテル代を出してもらっているので、場合によってはたしかに売春になりますが、そこが問題なのではなく、結婚する相手ではない不特定多数の相手とセックスをしていること自体が問題であり、愛のないセックスを否定しているのです。

これも保護更生の対象であり、こういう道徳観を法制化したのが売防法です。女はそんなはしたないことをしてはならんのだと。

 

 

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