松沢呉一のビバノン・ライフ

街娼の命を奪った買春処罰で得をしたのは誰?—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編12]-(松沢呉一)

2019年6月から半年で10人のセックスワーカーが殺害された—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編11]」の続きです。

 

 

ヴァネサ・カンポスが特別な存在になった理由

 

vivanon_sentence2016年4月、STRASS医師会(Médecins du Monde)など9の団体と約30人のセックスワーカーによって買春者処罰は憲法違反であるとの訴えがなされるなど、法の施行後も抵抗は続き、Acceptess-TやSTRASSによる抗議行動も実施され、とくにヴァネサ・カンポス殺害事件以降、活動は活発化します。

ヴァネサ・カンポスの死は、買春者処罰がセックスワーカー、とくに街娼の立場を悪化させ、ギャング団活躍の場を提供し、セックスワーカーを死に追いやる結果をもたらしたことを広く知らしめていきます。スウェーデンを調査したジェイ・レヴィの警告は正しかったのです。

それ以前にも殺された街娼は数多くいたのに、どうしてヴァネサ・カンポスの死が特別なものになったのかについては説明したものを見てないですが、私なりに推測すると、買春者処罰が施行されて2年が経ち、ここまで確認してきたように、セックスワーカーを不利にするものでしかないことが明らかになってきたことが大きそうです。

多数の街娼たちはただギャング団に殺されたのではなく、法やそれを推進した廃止主義者にも殺されたのです。事実、ヴァネサ・カンポス殺害事件を取り上げる記事の多くは、法の問題を書き添えるようになっています。

法によって悪化した現実を背景にして、ヴァネサ・カンポスはAcceptess-Tにも参加して、街娼たちのために動いていたため、Acceptess-Tにとって重要な存在になっていたことも影響しているでしょう。

しかし、2019年2月1日、憲法評議会は合憲との判断を下します。合憲だとしても、現に収入が減り、ギャングに襲われ、殺される現実は何も変わらず、法改正を求める声は収まっていません。むしろ強まっています。

※2022年1月11日付「actu」 翌日から始まるヴァネサ・カンポス殺害犯らの二審を前に、この事件を振り返った記事。この記事も法の問題点を指摘しています。

 

セックスワーカーを犠牲にして利益を得た人々

vivanon_sentence買春者処罰撤廃を求める声をバックアップする報告書も出ています。

2018年には、医師会やNGOの依頼によって、600人以上のセックスワーカーたちに調査をし、法改正によって、セックスワーカーの62.9%が「生活の質が悪化した」と回答しています。

63パーセントという数字は低すぎるようにも思えますが、街娼以外のセックスワーカーも対象にしたためでしょう。警察が買春者を捕捉しにくい方法、具体的にはインターネットを使った方法をとっているセックスワーカーたちは、今まで同様、ウェブ上の人目につく場であからさまな誘いかけや交渉をしないようにすれば自分も客も捕まらない。

また、スウェーデンにおいて、「売買春を減らす効果はなかった」とジェイ・レヴィが報告していたことがフランスでも再現されました。

法改正によって、セックスワークを辞めさせる「出口プロジェクト」が定められ、廃止主義の団体の運営により、職業の紹介や月額330ユーロの一時金を支払うことになったのですが、この報告書ではこれに対する不満も複数のセックスワーカーから語られています。「出口プロジェクト」はセックスワークを辞めることを条件としており、辞めたところで月に日本円で5万円程度では生活できず、多額の貯金がある人しか一時金を支払われません。

これもジェイ・レヴィがスウェーデンで起きたこととして報告していた通りでした。結局得をしたのは公金を得た廃止主義の団体だけなのです。こういう団体の人々は一人当たり50ユーロ(日本円で約8千円)くらいの食事をしているかもね。

※2018年4月12日付「SUDOUEST」 医師会らによる調査報告を取り上げた記事。写真はブローニュの森ではなさそう。記事用に撮った写真かもしれないけれど、殺される危険を避けて別の場所に移動した街娼もいるでしょう。分散すれば警察の監視が行き届かなくなりますし。

 

 

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