松沢呉一のビバノン・ライフ

移民が移民を襲撃し、殺害するブローニュの森—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編10]-(松沢呉一)

買春者処罰はヴァネサ・カンポスの命を奪った—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編9]」の続きです。

 

 

殺した側も殺された側も移民

 

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前回見たように、ブローニュの森に立っていたヴァネサ・カンポスを殺害したのは若いエジプト人らによるギャング団でした。ブローニュの森はエジプト人ギャング団のシマというわけではなく、いくつもの移民系ギャング団が跳梁しているのだと思われます。

今年の6月から7月にかけて、フランスで移民による大規模な暴動が起きました。あれは、アルジェリアやモロッコ、チュニジアなど北アフリカからの移民2世が中心。フランスで生まれたフランス国籍の者たちですから、すでに移民ではない。そのことから、私はてっきりヴァネサ・カンポスを殺害したエジプト人ギャング団も移民2世なのだと思ってました。

2世であればフランス語は話せ、アイデンティティはフランスにあります。

対して数年前にフランスにやってきて、フランス語をほとんど話せないペルー人は取るに足らない存在に見える。金を奪い、抵抗すれば殺していい人間だったのではないか。

しかし、ヴァネサ・カンポス殺害事件の裁判レポートを読んだら、被告のエジプト人らは通訳を必要としたとあります。

主犯格のエジプト人については経歴も出ていて、犯行時25歳。16歳の時に父親とともにフランスに移住。間もなく家を出て、同じような境遇のエジプト人らで集まって犯罪を繰り返していました。

これを知って納得しました。年齢が、ギャングとして生きる選択をさせたのかもしれない。子どもが成人するまでに一定期間フランスで生活した実績があると、成人時に自動的にフランス国籍を取得できます。親がフランス国籍でなく、違法滞在であっても、このルールが適用されるはず。

しかし、入国時16歳ではこのルールは適用されず、親がフランス国籍を取得しているか、自身がフランス語を習得して高い能力を身につけるか、結婚する以外に在留資格は得られないんだと思います。

何か救済措置があるかもしれないですが、国籍はエジプトのままで、エジプト人コミュニティの中で生きているので10年近く経ってもフランス語は話せない。おそらく彼らは違法滞在です。

※2022年1月14日付「GLOBE ECHO」 ヴァネサ・カンポス殺害事件の裁判レポート。後半は有料なので読んでないですが、犯人たちはふざけた態度だったよう。フランスでは裁判スケッチも芸術的。

 

 

移民間ヒエラルキー

 

vivanon_sentence同じ北アフリカでも国が違いますが、エジプトもアルジェリアもモロッコもチュニジアもアラビア語が公用語であり、移民2世でも話せるのは多いはずです。なによりフランス語でコミュニケーションをとれますが、移民たちは2世グループとは境遇がまったく違いますから、独自のグループを組織するってことだろうと推測できます。

アルジェリアやモロッコに比べ、エジプト人移民は少ないため、その点でもマジョリティによるギャング団には馴染めない。

ヴァネサ・カンポスも同じ。殺される際に助けを呼ぶ言葉もスペイン語でした。この時は仲間たちに呼びかけたものだからかもしれないですが、フランス語はおそらくほとんど話せない。「フランスの売買春法制史—仁藤夢乃の発言は信用できない[資料編2]」で埋め込んだ動画で、ヴァネサ・カンポスを知る者たちもスペイン語でした。

そうなるのは当然ではあります。前々回観たドキュメンタリー「Les secrets du bois de Boulogne」に出てきたサマンサはフランス人でしょう。移民だとしてもフランス語が達者。誘いかける段階でも交渉する際でもずっとしゃべっています。あれができたのは買春者処罰導入前だからであって、導入後は大声でしゃべることもできず、客と会話をほとんど交わさず、さっと済ますしかない。スペイン語話者だけで固まって、語学学校に通ってフランス語を覚える余裕もない。

フランスも移民に厳しくなっているので、この先、何年不法滞在を続けても、結婚以外では滞留資格を得られる可能性は低い。

また、距離もあり、フランスの植民地だったこともないペルーからの移民は、ヨーロッパやアフリカからの移民よりずっと少ない。ラテンアメリカ全体少ない。移民内ヒエラルキーの底辺です。

ヴァネサ・カンポス殺害事件は、仁藤夢乃推奨の買春者処罰がもたらすものを見せてくれ、仁藤夢乃の発言がまるで信用できないことを明らかにする事例であるとともに、移民問題を考える格好の素材でもあります。しかし、そこに深く踏み込むと、まとめきれなくなる自信があるので、あくまでこの事件の背景として触れるに留めます。

※「Près de 5 millions d’immigrés vivent en France」より2006年のデータ。1位はアルジェリア、2位はモロッコ。エジプトは10位までに入ってません。エリア別では、昔も今も西ヨーロッパからの移民がもっとも多く、ソ連崩壊後は東ヨーロッパからの移民も増加。また、中国からの移民も急増しています。

 

 

フランス語を話せないことが影響した可能性が高い

 

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フランス語を話せない移民、ペルー人、不法滞在、トランスジェンダー、街娼という要因が、警察の姿勢、社会の視線に大きく影響していたように見えます。この要因は買春者処罰導入以降強まってます。

 

 

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