「オフェンスはディフェンスから」を証明。最強千葉ジェッツ強さの秘密は単純なオフェンス力ではなく、時空を超えた“7年分”のディフェンスだった
「最初から『自分たちはディフェンスのチームだ』と言っています」
今シーズンから新たに千葉ジェッツを率いるパトリックHCは、そのように定義する理由を、以下のように説明している。
「プレシーズンから、やろうとしていることはディフェンスと、そこからのfastペース(*速いペース)のオフェンス。ディティール(*細かいこと)はいくらでもあるんですけど、ディフェンスにプライドをもってやっています」
そんな指揮官が大切にしている言葉がある。
Defense wins championship――。
「ディフェンスが優勝を勝ち取る」という意味を表わす言葉だ。

ディフェンスについて語るパトリックHC
CS準決勝のアルバルク東京との2試合。リーグ最少失点のアルバルクから1試合目に89点、2試合目に93点を記録したジェッツのオフェンスに注目が集まりがちだ。
しかし、この勝利は1試合目でわずか66点、2点目にいたっては62点しか相手に許さなかったディフェンスによるものだった。
アルバルクはジェッツの攻撃のペースを落とそうと、GAME1では徹底してゾーンディフェンスを繰り出してきたし、GAME2では「試合中に4回」(アルバルクのアドマイティスHC)も守り方を変えてきた。
リーグ最少失点であることに誇り持っているアルバルクの守備を切り裂けたのは、相手が準備してきた守備をセットするより早く攻撃をしかけたから。ジェッツが良いディフェンスをしたことで、素早く、スムーズに攻撃へ移れた。
原はこう話している。
「トランジションからのオフェンス(*守備からの素早い攻撃)を遂行できて、早い段階でシュートを打ったりして……。たぶん、相手はゾーン(ディフェンス)を引く前に攻められて嫌だったのかなと思います」
一見すると、パトリックHCが就任してからディフェンスが劇的に進化したように見えるかもしれない。
しかし、真実は違う。彼らのディフェンスは『歴史の集大成』なのだ。
では、『歴史の集大成』というのはどういうことか。
「選手のなかで一番頭が良い」と原から評され、バスケットIQならばBリーグのなかで誰にも負けないと自認している西村による解説にそって理解していくとわかりやすい。
昨シーズンまでの大野前HCのもとでは『精密で、事前によく練られた』ディフェンスをしていた。まず、それが現在のジェッツの守備のベースとなっている。
「昨シーズンまでの大野さんの細かいディフェンスのシステムを理解する選手が今も結構多くいてくれることもあり、その財産が残っているが故に、上手くいくことがあります」
その上で、現在のパトリックHCのもとで求められているのが『余白と強調』のディフェンスである。
『余白』とは、こういうことだ。
「今シーズンはあまり細かいディフェンスではなく……。ただ、細かくやりすぎないことによって、選手の足が止まりにくくなったりもするんですよ。
こういう流れでやりましょうと言うことによって(相手のオフェンスへの対応をパターン化して明確に)こう止めようというときよりも、スクリーン(への対応)1つとっても、より頑張る部分があるというか。(守備の)ローテーションにも、必ずしも正解がないから、より、頭を使うようになったんです」
ただ、細かく決め事を設けられない代わりに、つまり『余白』を与えられる代わりに、『強調』されていることがある。
「(現HCは)ボールプレッシャーについては、本当に細く、厳しく言うので。昨シーズンよりはボールプレッシャーが激しく、(相手の)ボールマンに近いから相手チームがジェッツのディフェンスはやりづらいなと感じるところが1つかなと」
見逃せないのは、『余白』を与えられたからこそ、選手たちは口を“開かないといけなくなった”という事実だ。『余白』は選手たちが自覚を持って考え、話し合い、それを実行しないといけないという『責任』感につながった。
そうなると、今シーズン強さの要因について問われた西村が繰り返し答えてきた言葉の意味もわかるはずだ。
「選手がより、話すようになったことかなと思っております。うちの“クセが強い”メンバーが、もっとこうした方が良くなるんじゃないかと口を開いて、練習からやっているのでね」

チームの頭脳である西村
ディフェンスの『基礎から真髄まで』を授けようとしてきた大野前HCが築いた土台があった。
その上に、パトリックHC流の、メリハリがあり、選手たちの自発的なコミュニケーションをうながす指導が積み上げられた。だから、ジェッツのディフェンスは強くなった。
つまり、ディフェンスの強さをもたらしてくれたのは『歴史』なのだ。
そんなジェッツが『歴史』を大切にしてきたことを象徴するエピソードがある。
昨シーズンの最終戦となったCS準々決勝後のロッカールーム。そこは涙であふれていた。Bリーグ誕生から6年をもって、リーグ通算最多勝利と通算最多タイトルをもたらした大野HCをはじめとしたコーチ陣や一部の選手が去ることが決まっていたからだ。そして、涙を流したのは、チームを去る者だけではなかった。
派手なスティールやブロックショットではなく、腰を落として粘り強く守備をすることが評価されるべき。ジェッツのファンやブースターがそんな価値観に気づくようになったきっかけを作った一人であるPG藤永(昨シーズン終了後に移籍)のような選手が目を腫らす姿を視界にとらえていた、このチームのキャプテンもそうだ。
富樫は今シーズン開幕前にこんなことを明かしていた。
「(藤永は)自分と同じポジションながら、自分とは違うタイプで。チームのために本当に頑張ってきた選手と同じユニフォームを着るのはこれが最後かもと思ったらグッときて……」
何があっても、誰が去っても、スポーツクラブは前に進まないといけない。
ただ、その過程でクラブのために血や汗を流してきた仲間たちを大切に思う選手が、今のジェッツにはいる。
ここまでくれば佐藤が語っていた言葉が、今のジェッツの強さの秘密を表わすものだとわかるはずだ。

「血を繋げる」ための責任感を口にした佐藤
佐藤は、Jリーグの名門で最多タイトル数を誇る鹿島アントラーズの強化部長(*GMのこと)の書籍「血を繋げる」を大野前HCから借りて、熟読するなど、チームの過去から未来にむけて「何を繋げられるか」をいつも考えてきた選手である。
最後に、そんな彼の言葉を引用する。
「今までの積み重ねが、今のジェッツの強さを作っていると思います」